夏草紙

東雲之東風

序章

本文

私は、ついに嫌になった。


何時までも、こうして有耶無耶のまま留まっているのが・・・


すると、総てが嫌になる。


物心ついた頃から今まで、私を形成してきたスベテが・・・


季節も殆どが白一色に閉ざされ、すべての存在が有耶無耶なのだ。


頭の中も常に白い。


それは、気体なのか、液体なのか、固体なのか。


熱いのか、冷たいのか。


常に、何かの膜で、周囲を包まれたかのような有耶無耶な感覚。


私は、私の容なのか。


きっと私、個の存在自体有耶無耶である。


有耶無耶のままでは終わりたくない。


ここは、駄目だ。


・・・外に、外に出たい・・・。




今日も、私は父と山に出掛けた。


毎日毎日山に出掛ける。毎日毎日違う山にである。


一歩山に踏み入れると、今まで歩いて来た途が全く判らない。


同じ形の樹々が無秩序に生え、或いは折れ、そこから派生する枝自体は細いのに、お互いにその弱弱しさを支え合ううちに、昼なのか夜なのかさえ判らぬよう、私の頭蓋の中にまで繁茂し、視覚さえ奪う冥さを産み、方角や上下さえも判らなくさせる。


そして、私の存在自体を黙秘するため、私から生み出される総ての音を遮断するのだ。


そこに音として存在するのは、鳥か、獣か、或はそれ以外の生物か、はたまた生物以外なのか、それらが時折「ギャー」とか「ホゥ」とか、私には恐怖しか与えず、奴等にしか理解できない声と、奴等の蠢く【カサカサ】とか言う音は、然とそこに存在しているのだ。


私は、奴等に奪われゆく視覚の中で、父の背の一点だけを見つめ追う。


父の足型が残るそこに合わせて、自分の足を置く。


私は必死だ。


父を見失わないように、足型を踏み外さないように、必死なのだ。


一寸でも踏み外せば、何年も何年も積み重なった葉っぱの屍骸が、ジワジワと私の足を舐めるように飲み込み、訳の解らない液体や、蟲をぞわぞわと溢れさせ、私の運動能力さえ奪い取る。


父は、何故こんな混沌の中に正気のまま存在し、進むことが出来るのか、未だに理解できない。


私は、父の後を追わなければ存在も出来ない。




 今日も、無事に家に帰れた私は、その晩父に、「此処を出ようと思う。都会に行こうと思う。」と一言告げた。


さぞ反対されるであろうと覚悟していたが、父は私に、「都会の森の方が、もっともっと危険なんだぞ」と、ぼそりと一言発しただけで、良いとも悪いとも言わなかった。


母は、私に思い留まらせる言葉を、涙を流しながら言っていた気がするが、何を言っていたのか、それが言葉であったのかさえ有耶無耶で、もう思い出すことが出来ない。




 私は、東京へ出た。


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