生駒六畳、ギターと夜明け

​ 生駒の朝は、いつも静かに訪れる。


 ​畳に敷かれた布団の上で、黒瀬智哉はゆっくりと瞼を開いた。窓から差し込む光はまだ柔らかく、部屋の土壁を淡く照らしている。まだ完全に目覚めていない意識が、まず捉えたのは、部屋の片隅に立てかけられたクラシックギターのシルエットだった。それは彼が中古で手に入れた相棒で、まだまともに音を出すことさえ覚束ないけれど、いつか弦を自在に操り、この静かな部屋に豊かな音色を響かせる日が来ることを夢見ている。ギターのネックに挟まれたピックは、その決意の証でもあった。


 ​そのギターの足元には、彼のもう一つの大切な相棒、Kindleが置かれている。そして、そのすぐそばには、緑色の小さな酒瓶が飾られていた。智哉がこの家へ引っ越してきて初めて、たった一人で祝杯を上げた日の一本だ。あの夜の、少しばかり感傷的な、けれど確かな希望に満ちた味を、彼は今も大切にしている。


 ​「6:20」。モニターに映るデジタル時計が、静かに時を刻む。今日もまた、この昔ながらの日本家屋で、新しい一日が始まる。窓からは、豊かな自然の緑が顔を覗かせ、時折、鳥のさえずりが聞こえてくる。都会の喧騒から離れ、この生駒の地に居を構えてから、智哉の五感は研ぎ澄まされていくようだった。


 ​部屋の隅には、彼が愛用する渦巻き蚊取り線香が、夏の置き土産のように鎮座している。まだ火は灯されていないけれど、あの独特の香りが、彼の創作意欲をくすぐることもあるのだ。


 ​智哉は大きくひとつ伸びをした。今日はどんな物語が、この指先から生まれるだろうか。

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