一瞬で過ぎる幼少期
21世紀最初の年。
西暦2000年9月15日。シドニーオリンピックが開催されたこの日。名古屋市中区—名古屋レディースクリニックにて、一人の男児が誕生した。
「う、うあああ”あ”あ”‼ひっひぃ、うぐぅううううう…‼‼‼あ…ああ⁉」
「生まれました!生まれましたよお母さん‼」
「おぎゃああ!おぎゃあああ‼」
男児の名は天城翼。
元の名はジーク・ハインリヒ。
彼は名古屋を中心にして、東海地方に多種多様なビジネスを展開する、時価総額10兆円を誇る上場企業、天城ホールディングス株式会社の次期御曹司として誕生した。
五年後。
西暦2005年――守山区緑ヶ丘ゴルフクラブにて。
「パパ、運転荒いよ」
「はは、そうか?」
翼はゴルフカーの助手席に座りながら、ハンドルを握る父に愚痴をこぼした。父の名は天城兼続。36代目天城家当主であり、今俺が暮らしている名古屋市にて、商業や物流、不動産など幅広いビジネスを展開する巨大企業の会長だ。
年齢は今年で54歳。かなりの高齢だ。
長く男児に恵まれなかったようで、長男である翼がなにか文句を言ったり、わがままを言っても、いつもニコニコ笑っている。
でも笑ってるのは翼も同じであった。
前世の彼には父親がいなかったからだ。
正確には2歳のころまでにはいたらしいが、戦争で死んでしまった。
前世の父親との思い出なんてなにもない。
だからこの人といる時間は楽しいけど、どこか背中がムズムズする。
でもまぎれもない、俺の父親だ。
「パパ、一発でホールインワン決めてよ」
「おうまっかせろ!」
翼がそういうと、父はグリップを握りしめ、胸を膨らませて、勢いよくドライバーをスイングした。鈍く空気を切り裂く音と同時に、スパン!と、ヘッドがボールを天高く突き飛ばす音が周囲に響いた。
空は快晴。
太陽の光が白いゴルフボールを一瞬で消してしまった。
「どこまでいったかな」
湖と森に囲まれた広大な自然。
芝生の匂いが風に運ばれて鼻をくすぐる。
時間を気にせず、自然の中で体を動かして、ゲームをする。
こんなこと、元居た世界じゃ一度も味わえなかった。
人生ってのは本来、こんなに素晴らしいものなんだな。
「パッティンググリーンまで飛んだぞ。とりあえずそこまで行こう」
「パパ待って‼」
ゴルフカートに乗ろうとした父を、翼は呼び止めた。
「もう僕が運転する。パパの運転荒いから」
「運転って、おまえ…できないだろ」
「できるから、どいて」
あっけにとられる父を無理やりどかし、翼はハンドルを握った。アクセルペダルを踏み、父の周りをゆっくりと旋回していく。
「うえ⁉な、なんで運転…」
「パパの横で見てたら覚えたよ」
ゆっくりとブレーキを踏み、ゴルフカートを止めた翼は、呆然と立ち尽くす父に手招きをした。
「パパ、早く乗ってよ。僕がパパを連れてくから」
そういうと、あっけにとられていた父はすぐに笑顔になった。
「ほ、本当かい?じゃあ乗せてもらおうかな」
ニコニコ顔で右側の助手席に座った父を確認し、翼はアクセルを思いっきり踏み込んだ。
「う、うお…こらお前も荒いじゃないか」
「パパのマネ」
「ふっ…なんだそれ」
驚きながら注意してきた父に、笑いながらそう言い返すと、父も恥ずかしそうにハニカんだ。
「でも免許がないとほんとは運転しちゃいけないんだぞ~?警察に捕まっちゃうぞ~?」
驚かした腹いせに、俺をビビらせようと必死だ。
「でもここってパパの私有地じゃん。私有地なら免許なくても運転していいんでしょ?」
「え…」
予想外のカウンターパンチに父は絶句したまま固まってしまった。
「よ、よくそんなことまで知ってるな…」
「うん、パパの書斎にあったパソコンで調べたから」
「そ…それは…や、やめ、なさい」
だいぶ焦ってるが…まぁママには内緒にしておいてやるよ。
パソコンの”履歴”についてはな。
笑顔から一転、冷や汗をかきながら、心あらずといった表情を浮かべる父をよそに、翼はハンドルをきりながらゴルフ場でのドライブを楽しんだ。
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