第49話 最終決戦


夜空に黒雲が垂れこめ、

神社は嵐の前の静けさに包まれていた。

しかしその空気は張り詰め、

触れるだけで心が震えるような緊張を

帯びている。


拝殿の中央、黒い霧に包まれた優李の姿。

その瞳は完全に零禍の色に染まり、

もはや人間の温もりは見えない。


「……優李……!!」


澪は声を振り絞り、彼に駆け寄る。

手を伸ばすが、黒い霧に押し返され、

間合いすら縮められない。


「フフ……まだ懸命だな!!」


零禍の声が、冷たく澪の心を穿つ。


「お前らの必死も無駄だ。優李は、もう俺のものだ!!!」


朧は剣を握り、結界を強める。


「……まだ諦めるな、澪!ここで止めるんだ!!」


黒い霧が渦を巻き、

拝殿の柱や床を押しのける。

零禍は優李の身体を完全に支配し、

意思をねじ伏せていた。


だが、優李の心の奥底には、

微かな光が残っていた。

澪の愛、朧の覚悟

――二人の想いが、闇に抗う力を与える。


「……お願い……戻ってきて……!!」


澪の声が優李に届き、

彼の瞳にわずかに光が差し込む。

黒い霧が瞬間的に揺らぎ、

零禍の顔にわずかな動揺が見えた。


「……くっ……まだ、残っていたか……!」


零禍は眉をひそめ、

霧をさらに激しく渦巻かせる。

その圧力に、拝殿の柱が軋み、

瓦礫が宙を舞う。

朧が叫ぶ。


「澪! 今だ、封印の術を使うぞ!」


澪は決意を固め、

神社に伝わる古の符を両手で握る。


「……優李! あなたを取り戻す!!」


二人の想いと霊力が交錯し、

黒い霧に光の刃が突き刺さる。

零禍の声が怒りに満ちて響く。


「――ふざけるな! 俺は、お前たちの手に渡るわけがない!!」


激しい光と闇がぶつかり合う。

優李の中で、

零禍と理性の最後の衝突が起こる。

叫び声が夜空を切り裂き、

神社全体が震動する。


――そして、澪と朧の力が、

ついに黒い霧を押し返す。

零禍の影が揺らぎ、

優李の姿が一瞬だけ見える。

その表情には、恐怖と抵抗、

そして微かな安堵が混ざっていた。


「……優李……帰ってきて……!!!」


澪は涙を流し、力の限り声を張り上げる。

黒い霧はゆっくりと収束し、

零禍の形は崩れ始めた。

優李は床に膝をつき、深く息を吐く。

彼の身体には疲労と痛みが残るが、

理性は戻っていた。


朧も刃を下ろし、安堵の息をつく。


「……なんとか……ここまで持ちこたえたか」


神社の闇が少しずつ引き、

月明かりが澪と優李の顔を照らす。


「……戻ってきてくれた…っ、…」


澪は優李を抱きしめ、

涙を止められなかった。


しかし――遠くの森の中で、

微かに零禍の残響が揺れる。

完全に消えたわけではない。

その影は、まだどこかで生きている――。


 

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