第36話 揺らぐ心と交錯する誓い
夜の風が、ひどく冷たく感じられた。
それは澪の背筋を震わせる寒さではなく
――心の奥底に、氷を押し込まれるような
そんな冷えきったものだった。
優李を抱きしめながら、
澪は震える唇を噛みしめる。
「……絶対に、私が……守るからっ!」
だが、優李の身体から漂う黒い靄は、
澪の誓いを嘲笑うかのように蠢いた。
「……澪」
優李の声はかすかに掠れていた。
「本当に……守れるのか?俺を……零禍から……、」
「守る。何度でも。例えどんなに苦しくても――」
「でも、お前は優しいから……。“零禍”を斬れないんだろう?」
その言葉に、澪の胸が締め付けられる。
図星だった。零禍は憎むべき存在
――でも同時に、かつて共に笑い合った
友だったのだから。
「……私、まだ……零禍を憎み切れない。でも……優李を失いたくないの!!」
そう言う澪の声に、優李は微かに笑った。
「……ほんと……お前は、昔から変わらないな。」
その笑みは懐かしくて、澪の涙を誘った。
だがその直後、優李の瞳に影が走る。
「でもな――“俺の中の声”は、こうも言ってるんだ。“その優しさが、お前を滅ぼす”って。」
再び黒い靄があふれ出し、優李の体を蝕む。
澪は慌てて祈りの言葉を紡ぐが、
靄は容易くそれを飲み込み、
優李の体を包み込んだ。
「優李!!!」
その瞬間――朧が前に出る。
蒼白の炎が彼の掌に灯り、夜の闇を裂いた。
「……澪、下がれ」
「でも――」
「下がれと言っている!」
怒気を帯びた声音に、
澪は思わず息を呑んだ。
炎が優李を取り囲む黒い靄に迫る。
だが靄は逆に炎に絡みつき、
焼ける代わりに形を強めていく。
「…やはり……零禍の意思が強すぎる。」
その言葉を聞き、澪は胸の奥で叫ぶ。
(違う……優李はまだここにいる!零禍なんかに負けてない!)
「朧! やめて!」
澪が叫んで朧の腕を掴む。
「……澪、何をしている!」
「優李は、まだ零禍に完全には呑まれてない!だから――私が、呼び戻す!」
澪は震える優李の身体を抱きしめ、
その耳元で囁いた。
「優李……お願い、戻ってきて。あなたが……いてくれなきゃ……私、もう耐えられない!!!」
静かな声。だが、その声に宿った強さは、
炎よりも強烈に優李の心を揺さぶった。
「……澪……」
優李の瞳が、かすかに光を取り戻す。
靄が一瞬だけ揺らぎ、
優李の胸から裂け目のように影が溢れ出す。
「……クク……甘いな……」
空気を震わせる、零禍の嘲笑。
「お前の“優しさ”が……俺を生かす。それでもいいのか、澪……?」
その声に、澪は歯を食いしばり、答える。
「――いい。優しさで誰かが生きるなら……私はそれを捨てない!!」
零禍の影が、冷たい沈黙に包まれた。
一方で朧は、澪を見つめる瞳に
複雑な光を宿していた。
「……お前は……愚かだ。だが――」
彼の炎は静かに消え、
澪と優李の姿だけを照らす月光が残された。
――三人の心は交錯し、それぞれの誓いが重なり始めていた。
だがその先に待つものは、救いか、破滅か――。
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