第34話 おかえりなさい


まばゆい光が世界を包み、次の瞬間、

澪の意識はふわりと宙に浮かぶような

感覚に包まれた。


目を開けると、そこは現実とは違う

――けれど、どこか懐かしい場所だった。


「……ここは…何処…?」


足元には水面のように波打つ床、

空は灰色に染まり、

遠くで何かが割れるような音がする。

空間全体が、不安定で、壊れかけていた。


(ここは……優李の精神の中……??)


――“光の封印”が彼に繋がったのだ。


無意識のうちに、澪は零禍ではなく

「優李」を探していた。

そして、歩き続けた先に――


「……澪……?」


弱々しい声が響いた。

そこに立っていたのは、

制服姿の優李だった。

顔色は青白く、

腕には黒い痣のような影が広がっている。


「優李……!」


澪は駆け寄ろうとする。

だが、目の前に影が伸び、立ちはだかった。


「……また来たのか。もう、君は彼に触れられないって言ったのに。」


それは、零禍だった。

だが、前よりもその姿は曖昧で、

輪郭が揺れている。

光に焼かれたように、

ところどころ欠けていた。


「……零禍。お願い、退いて!!」


「……どうして? 彼は望んでいる。何もかも忘れて、僕の中で眠ることを。もう苦しまなくて済むんだ。君たちに裏切られることもない。」


「それは……優李の“本心”じゃない!」


澪は強く叫んだ。


「傷ついても、裏切られても、彼は――それでも、ちゃんと笑おうとしてた。誰かのことを想ってた。……わたしも、それを……今度こそ受け止めたいの!」


零禍の瞳が揺れた。


「……綺麗事だよ、それは。人はそんなに強くない。優李も、僕も、君に選ばれなかったから――こんなふうに壊れたんだ!」


「……選ばなかったんじゃない。選べなかったの。でも今なら……できる。わたしは、もう逃げない!!」


澪はそっと手を伸ばした。


「優李……!」


彼の瞳が、ゆっくりと澪に向けられる。

その目の奥には、涙と絶望と、

そしてほんの微かな希望が宿っていた。


「……来て、くれたの……?」


「うん。絶対に、連れ戻す。もう独りにしないから。私の手を取って!」


そう言って澪が手を伸ばすと、

黒い影が彼女の腕に巻き付く。

零禍の叫びが響く。


「やめろっ……戻れば、また同じだ! また君たちは彼を――!」


「もう、繰り返さない!」


その瞬間、澪の心から溢れた光が、

空間全体に波紋のように広がっていく。


影はひび割れ、零禍の姿が崩れ始めた。


「……っ、ぅあ……これは、君の……“赦し”なのか……?」


その呟きを最後に、

零禍の姿は優李の身体から静かに

剥がれ落ちていった。


――静寂が訪れる。


優李の身体が崩れ落ちそうになった瞬間、

澪は彼を強く抱きしめた。


「……優李……帰ろう?」


彼の胸から、小さく「……うん」という声が聞こえた。


 


──


意識が現実に戻ると、そこは朧の腕の中だった。


「澪……!」

「朧……優李が……!!」


目を開けた優李は、まだ朦朧としていたが、確かに“彼自身”の目をしていた。


「……ただいま……澪……、」


「おかえり、優李。」



澪の声は、涙に濡れていた。


 


だが――その安堵の背後で、

朧だけが気づいていた。

零禍の影が、完全には消えていないことに。


わずかに残る瘴気のかけらが、

まだ空間のどこかで蠢いている

――それを感じ取っていた。



まだ、この戦いは終わりでは無いと、

朧はひとり考えていた 。


 


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