第6話 封の裂け目、不明の熱
夜風が重い。
昼間の蝉の騒音な鳴き声とは、
打って変わって、神社の境内は、
妙な静けさに包まれていた。
(……また…、この感じだ。)
私は、胸の奥に拭えないざわめきを
感じながら、拝殿の石段を降りる。
なぜか、
身体の内側がざわざわと騒ぎ立つのだ。
目を閉じると、
“何か”が近くで蠢いているような…
そんな気配さえ感じる。
そんな予感に突き動かされるように、
彼女は“裏手の祠”へと足を向けた。
そこは、代々澪の家系が守ってきた
“結界の境界”にあたる場所だった。
誰も近寄らない小さな石碑と、
古びた封の印。
けれど今、そこに違和感があった。
懐中電灯の光に照らされた石碑は、
明らかに“
「……っ!」
割れ目は昨日より深く、まるで“中から何かが引っかいた”ような形跡があった。
周囲の土には黒ずんだ染みと、
かすかに焦げたような匂い。
「まさか……封印が破れかけてる?」
手が勝手に伸びる。
引き寄せられるように、
裂け目へと――
触れた瞬間だった。
――ビリッ!
電撃にも似た痛みが、
腕から全身を駆け抜けた。
「っ――あぁっ……!」
澪の膝が崩れる。
懐中電灯が落ち、地面に転がった。
頭が割れるように痛い。
胸の奥が、焼けるように熱い。
苦しくて…息ができない…。
(なに……これ……、何が…起きて!?)
視界が歪み、あたりの気配が消える。
音が遠のいて、ただ、身体の中心に“何か”が
流れ込んでくるような感覚。
その時、不意に聞こえた声 ――
「澪!大丈夫か!」
駆けてくる足音。声の主は、朧だった。
彼は倒れた澪を抱き起こし、
額に手を当てた瞬間、目を細める。
「……熱い……」
それは人間の熱ではなかった。
“妖”の気配に反応した、器の反発――
「まさか……もう、こんなに……」
澪の意識が薄れかける中、
見たこともない景色が浮かぶ。
――夜の森。月が ”2つ”、空に浮かぶ。
その下で、白い着物を着た“少女”が、
誰かに手を伸ばしていた。
『あなたが妖でも、私は封じたりしない。
だから……だから、――― 。 』
声が聞こえる。でも、
それは他人のようでもあり、
自分のようでもある。
朧の顔ではない。優李の顔でもない。
けれど、どこかでその“手”の温もりを
知っている。
(この記憶……誰の……?)
声が囁く。
『君が誰かを選べば、誰かが消える。
だから君は、“選ばない”ことを選んだ――』
その瞬間、月が砕けて夢が崩れる。
――目を覚ますと、汗でびっしょりだった。
「澪、大丈夫か…、?」
朧の声。彼はそっと額に手を当てる。
「少し熱が下がった。
だがこれは、ただの発熱じゃない。
澪の中で、“何か”が反応したんだ。」
「何か……?」
「詳しくは、俺にもわからない。
けど……澪は“器”なんだ。
何かを宿してる。
それが目覚めようとしている」
その時――
「……もう、気づき始めてるんだね?」
戸を開けて、優李が現れた。
微笑みながらも、
どこか冷たい光を瞳に宿している。
「澪が夢で見たのは、
澪の記憶じゃないかもしれない。
でも、そこに“澪がいた”可能性はある」
「……どういうこと?」
優李は近づき、澪の額を見つめる。
「“印”が浮かび始めてる。
記憶が戻るのも時間の問題だね。」
「でも……私には、何もわからない。
夢の中の女の子が誰なのかも……」
「――そう。それでいい。」
優李の声は、どこか哀しく響いた。
「今、全部を思い出してしまえば……
澪は、もう
“今の澪”じゃいられなくなるから」
そのまま彼は背を向け、静かに出ていった。
残された私と朧。
朧は、私の傍でぽつりと呟いた。
「……俺も、夢を見た。
月の下、誰かと“誓い”を交わしている夢」
朧は額に手をやりながら、
私の方を見つめる。
「だが……俺は、
そいつが誰だったか思い出せない。
名前も、顔も、全部、霧の向こうにある」
しばらくの沈黙。
私の指が、自分の胸元をそっと掴む。
(私も……誰と何を交わしたのか、思い出せない…けど、心の奥が疼いてる)
その夜。
誰にも知られぬまま、“封印の裂け目”から、黒い瘴気が再び溢れ出していた。
それは、澪と朧…そして優李を、
世界を混沌へと導くことを、まだ彼女達は
知る由もなかった 。
何かが、目覚めようとしていた。
それは、かつて交わされた“誓い”と、“裏切り”の記憶を喰らって。
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