第2話 静かな家に、忍び寄る影
神社の奥、澪の暮らす離れには、
人の気配がほとんどない。
時折吹く風が障子を鳴らして、
朝の光がうっすらと畳の上に広がっていた。
俺は、布団の中で静かに目を閉じていた。
けれど眠っているわけではなかった。
今の状況を、整理していたのだ。
障子の外から、昨日の少女であろう
足音が近づいてくる。
そっと扉が開き、不安そうな顔をした、
湯気の立つ椀を持った澪が入ってきた。
「起きてたんだ、体調は平気 ?」
俺は一言も返さず、
わずかに目を向けるだけにしておいた。
その目は変わらず冷たく見えるだろうか 。
そうしていれば、目の前の澪は俺に呟いた。
「……朧は、ほんとは何者なの?」
問いかける声は、小さかった。
けれど真剣だった。
俺は少しだけ目を細めると、
澪の問いには答えずに、呟いた。
「……人間は、面倒だ…。
すぐに名前と立場を欲しがる。」
「そうしないと、不安になるからだよ。
何か…、何か名前をつけないと。」
その時だった。
ガラ――ン、と鈴の音が鳴る。
神社の本殿に続く道に人の気配が走り、
目の前澪は息を呑んだ。
「……誰か来たのか?」
そう問かければ、不意に男性の声が
聞こえてきた。
「澪ー! いる? 来ちゃった!」
その声を聞いた瞬間、目の前の澪は
どこか緊張したような表情を浮かべた。
――
そう、ぽつりと呟いたかと思えば、
俺の方を見つめて呟いた。
「お願い、しばらく隠れてて ?」
その言葉に、俺は疑問を浮かべた。
「なぜだ、その必要はないだろう。」
その言葉に、目の前の澪は答えた。
「お願い…あの人に…、
あんまり関わらせたくないの。」
澪は俺のことをじっと見つめる。
仕方ない…というように、俺は
静かに布団を被り、
気配を消すように横になった。
廊下を小走りに戻った澪は、玄関を開ける。
「おはよう、優李。急にどうしたの?」
「うん、なんとなく! 夢見が悪くてさ。
御前のとこ、最近変な気配してない?」
その言葉に、私は一瞬、
心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。
「え? べつに…何もないよ!」
優李はふふ、と笑いながら靴を脱ぐ。
「いやー、昨日の夜、
山で奇妙な“影”を見てさ。
御前の家に向かって、
消えた気がしたんだよね。」
私は笑顔を作るのに必死だった。
「そ、そうなんだ…。
でも、うちは平和だよ!!」
「ほんとに~?」
優李の声色は軽いが、
その目だけが鋭く笑っていなかった。
「ところで、誰か泊めてたりしないよね?」
「え……?」
「いや、“妖の匂い”がしたような気がして」
一瞬、空気が凍る。
優李は、微笑みながら
家の中をぐるりと見回す。
その時、部屋の奥――朧が隠れている部屋の障子が、風でわずかに揺れた。
私はとっさに優李の手を掴む。
「ねえ、急に来てくれて嬉しいけど、
疲れてるから、今日はごめんね??」
「……そっか、」
優李はしばらく黙った後、
少しだけ口角を上げた。
「……御前、昔から嘘下手だったよね、澪」
「何言って…、、」
「また来るよ。近いうちに。」
そう言い残して、優李はくるりと背を向け、鳥居の方へと歩いていった。
その背中が見えなくなった瞬間、
私は息をついた。
奥の部屋に戻ると、
朧が布団からゆっくりと起き上がる。
「……あれが、お前の“幼なじみ”か。」
「うん。小さい頃からずっと一緒だった。
でも…あの人は、何かが違う。」
「……あれは、“人間”ではないからな。」
朧の目が細くなる。
その瞳は、氷のような光を宿していた。
「わかってる。あの人は、何かを隠してる。私が知らない“顔”がある。」
朧はしばらく黙っていたが、
やがて小さく言った。
「……次に来た時は、
俺が隠れてやる必要はないかもしれんな。」
その言葉に、澪は顔を上げる。
「どういう意味……?」
朧はただ、静かに微笑んだ。
その笑みは、冷たくも、
どこか守るようなものでもあった。
――そう、彼は冷酷で非常な妖。
だが澪にだけは、別の一面を見せる。
その夜、澪の家には、
また一段と濃い闇が満ちていた。
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