第13話《Case番外編》守る側に変わる一歩を踏み出す日
《ヴィランズ・レディ》には三ヶ月前から、事務作業をする侍女が増えていた。
……といってもフィオナ公爵家でずっとシャルロットについていた侍女のセリカ・ジャンドールだ。
《ヴィランズ・レディ》を立ち上げてからというものの、公爵家にもほぼ帰らず、事務所の二階に寝泊まりするようになったシャルロットを心配した家族が、せめて世話して、近況報告を入れてくれる侍女を付けようと、セリカを荷物と共に送りつけてきた、という状況だ。
セリカは結界など、防御と守護の魔法を使うことができるので、子どもの頃からシャルロットの安全面でも心強い存在だ。
おかげで外食や持ち帰りの食事ばかりだったシャルロットの食と住環境は大幅に改善し、また、調査で不在にする間の事務仕事なども滞ることがなくなってきた。
そんなある穏やかな昼下がり。書類に目を通していたシャルロットのもとに、セリカがそっと来客を告げにきた。
「お嬢様……、いえ、失礼しました、所長。ルミエリナ=ベルレフォンと名乗られるお嬢様がお見えになっています」
「……え?ルミエリナが?」
シャルロットはペンを置き、静かに微笑んだ。
「……案内してちょうだい」
すぐに、上品な白のドレスに身を包んだルミエリナ=クライス嬢が、礼を尽くして現れる。
「初めまして。私はルミエリナ=ベルレフォンと申します。
突然の訪問、失礼いたします。けれど……どうしても、お伝えしたいことがありまして」
シャルロットはソファに誘導し、セリカが入れてくれた紅茶をすすめ、静かに続きを促した。
「先日、私の婚約者であるマークス=デュランから話を聞き、こちらに参りました。
私は学園で不条理な噂を立てられて肩身狭く過ごしておりましたが、レティシア=クレランス様に助けていただきました。
レティシア様にお会いしたく、マークスに聞いたところ、こちら《ヴィランズ・レディ》に依頼をして、その結果レティシア様が助けてくださったのだとわかりました。
レティシア様とともにヴィランズ・レディの活動を、私もお手伝いできないものかと思い本日伺った次第です」
「理由を聞いても?」
ルミエリナは、少しだけ頬を赤らめて、それでもはっきりと答えた。
「わたしの誇りを守ってくださったあの日のこと、一日たりとも忘れたことはありません。今度は、誰かの“誇り”を守る側になりたいんです」
「……お話はわかりました。少し検討させていただくわ」
シャルロットは、その真っ直ぐな視線に頷きながら、そう答えた。
* * *
それから数日後、今度は別の令嬢が訪ねてくる。
「シャルロット様、先日は本当にお世話になりました」
端整なえんじ色のドレスに、落ち着いた眼差し。クラウゼン辺境伯家の令嬢、サビーネだった。
「シャルロット様。もし……この身が役に立つのであれば、少しでも、この場所で働けないかと思いまして伺いました」
「辺境伯家の令嬢が、このような事務所で働くというのは、なかなかの覚悟ですわね」
シャルロットの言葉にも、サビーネは揺るがず微笑む。
「母のブローチ、誇りを守ってくださったこと、一生の恩と思っています。
……私はまだ未熟ですが、書類整理や記録なら、少し心得がございます」
静かだが、芯のあるその言葉に、シャルロットは再び
「お話はわかりました。少し検討させていただきます」とだけ答えた。
* * *
そして翌週――。
二人の令嬢は、それぞれ再び《ヴィランズ・レディ》に招かれていた。
応接室で鉢合わせたふたりは、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに礼儀正しく挨拶を交わす。
「クラウゼン家の……サビーネ嬢、ですよね?」
「はい。あなたは……ルミエリナ嬢。以前の“討論会”を拝見しましたわ。ご立派でした」
たどたどしくも好意的な会話が交わされる中、シャルロットが部屋へと入ってくる。
「お待たせしました。さて、お二人とも……《ヴィランズ・レディ》への参加の意思に変わりはありませんね?」
静かに頷くふたり。
「どちらも――己の“誇り”を守り抜いた方々です。私の方針としては、“痛みを知る者こそ、誰かを導くことができる”と思っております。
ただし、この《ヴィランズ・レディ》で見聞きしたことは、基本的には極秘事項として扱っていただきます。
お二人には、ご家族にも秘密を漏らさないという魔法契約にサインをしていただくことになりますが、問題はありませんか。
その上で、お二人にやる気があるならば、正式に補佐として迎えましょう」
二人の表情に驚きと、喜びの色が浮かぶ。
「はい!」
シャルロットは笑みを浮かべて続けた。
「まずは書類整理と、過去案件の記録読みから。ゆくゆくは調査や演出の補佐も……いずれ、誰かの“誇り”を守る現場へと、出てもらうこともあるでしょう」
「はい!」
「光栄です……どうか、よろしくお願いいたします」
二人の声が、重なって部屋に響いた。
魔法契約は、貴族の間で重要な契約に使われる方法で、特殊な紙とペンで書面にサインをすることで契約が成立する。
契約に背く行為や発言をする場合には相応の代償が課せられるというもので、一般的には慰謝料にあたる高額の金銭、その重要度によっては命に相当するケースもある重い契約だ。
一旦返事はもらったものの、書面を渡すので、契約内容をよく検討して後日でも構わないのでサインをして欲しいと伝えたが、二人ともこの場でサインをした。
こうして、新たな《ヴィランズ・レディ》の一員が静かに加わった。
* * *
まずは、セリカも加わって二人には書類仕事などを数日かけてひと通り教えたが、慣れてきたのを見計らって、応接室でお茶をしながら話をすることにした。
テーブルには、香り高い紅茶と焼きたてのスコーンが並んでいた。
午後の光がカーテン越しに差し込み、応接室は穏やかな空気に包まれている。
セリカがカップを配り終えると、シャルロットはふたりを見つめ、静かに言葉を置いた。
「さて……今日、お話ししたいことがあるの」
ルミエリナとサビーネが揃って姿勢を正す。
「あなたたちは、いずれ《ヴィランズ・レディ》として、私の任務を補佐することになるでしょう。
そこで、知っておいてもらいたいのが――私が使っている《変化魔法》のことです」
「変化魔法……?」
ルミエリナが目を丸くし、サビーネも静かに頷いた。
「ええ。私は変化魔法によって、外見・声・雰囲気、時には歩き方や癖までも“別人”に変えることができます。それを使って、依頼に応じた悪役を演じ、真実を導き出すのが《ヴィランズ・レディ》の仕事」
「それが……レティシア様だったんですね」
ルミエリナがそっと呟くと、シャルロットは柔らかく微笑んだ。
「そう。あなた方を助けた“レティシア”も、“クラリス”も、どちらも私よ」
「……え……」
思わず息を呑むふたり。
「変化魔法には相応の負荷もあります。長時間の使用や、魔力の集中を要する場面では体力も気力も奪われます。だから、演出も駆け引きもすべて、“一度きり”が勝負なの」
「……すごい」
サビーネが素直に感嘆の声を漏らした。
「とはいえ、私ひとりでは限界もあるわ。だから――あなたたちにも、何か得意分野があれば、今後の活動に活かしたいと思っているの」
ふたりは顔を見合わせた。
少しの沈黙ののち、ルミエリナがおずおずと口を開いた。
「……わたし、実は“微感知(ミクロ・センシング)”の魔法が少し使えるんです」
「微感知?」
シャルロットが興味を示すと、ルミエリナは頷いた。
「指先からごく弱い魔力を流して、物の“触れられた痕跡”や“使用された形跡”を感じ取ることができます。
手紙が何度開かれたかとか、宝石が最近誰に触れられたかとか……そういった、ほんのわずかな反応だけですけれど」
「――それは、非常に貴重な能力ね」
シャルロットの目がきらりと光った。
「尋問や調査において、物理的証拠はしばしば失われたり、偽装されたりするけれど……魔力の痕跡は誤魔化せないことも多い。実際に“誰が触れたか”を掴める力は、非常に有用」
「わ、わたしなんて、まだ学園で習ったばかりの初歩レベルですから……」
「でも、それを意識して使おうと思ったその姿勢が、もう“才能”よ。今後は実地で磨いていきましょう」
ルミエリナは頬を染めてうなずく。
今度は、サビーネが静かに口を開いた。
「……私は“魔法”というものは持ちませんが、小さい頃から、父の命令で経理書類や記録文書を読む訓練を受けていました。
帳簿の改ざんや、手紙の筆跡の偽造には少しだけ、目が利きます」
「それも“魔法”と同じくらい大切よ」
シャルロットはにっこりと笑った。
「“真実”は、魔力だけで暴けるものではありません。数字や言葉の裏に隠された意図を読む力――それは、とても強力な武器になるわ」
ふたりは、驚いたように顔を見合わせた。
「これからも、焦らず一歩ずつで大丈夫。まずは私とセリカがあなたたちの盾になるから。……でも、いずれは、あなたたちが誰かの盾になってあげて」
静かな励ましに、ふたりは深くうなずいた。
こうして、変化の魔法と、それぞれの特技が結びついたことで、新たな可能性が芽吹いた《ヴィランズ・レディ》。
その歩みは、まだ始まったばかりだった――。
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