第10話 悪夢の光景(みてはいけない)



 死の森はぶっちゃけそこまで広いわけじゃない。

 一部山に続いていたり、谷があったりで全容は分かっていないけれど、王国の王都よりは小さいんじゃないかって言われてる。

 死の国をぼんやりとした国境としている二国に国交があまりないのと、このあたりを開拓しても旨味が特にないとのことで放置されているのだ。


 はい! ってことで、やってきました。死の森のほぼ中心地にある湖!


「おー、綺麗だなぁ」


 湖の西にある山の方から吹く風が湖面を走りぬける。

 人が全く来ない場所だからか、静けさに深みがある。ふう、俺、詩人じゃね?


「……本当に、綺麗」


 馬から降りて水際に立ったユーウェが、風にそっと乗せるように言葉を紡ぐ。

 青く澄んだ空と、銀色の光を散らす湖、風に流れる白銀の髪。

 この光景を褒めたたえる上手い言葉が出ないのが悔しいくらいに、視界に入る全てが美しい。

 はっはっは、この景色を独り占め! 俺、羨ましいだろ!


「魚、いるかなぁ」


 つま先ギリギリまで湖に近づいて、水の中を覗き込んで感動がふっとぶ呟きをこぼすユーウェ。

 うん、そうだね。君がそういう性格なのはここ十日間の超至近距離での会話で理解してる。おかげで心臓が少し落ち着いたよ。過労死阻止のご協力感謝。原因もユーウェだけど。


「んで、これってどうやって捕まえるの?」

「ん……風と光と水と……」


 魔法の理論が分からない俺は、ユーウェが指折り挙げる魔法を聞き流して馬を湖のそばまで引く。


「ほれ、飲め」


 頑張ってくれた馬くん。ご褒美だ。

 そろそろ名前を付けてやるべきか。

 ペロ……ペロペロペロと水面を舐め始める馬の横で、ユーウェが「うん!」と元気に何かを決めた。


「よし! いけそう!」

「はいはーい。それじゃ、あっちで待っとこうな」


 ユーウェの魔法の影響を受けるのを避けるため、一旦馬を引いて水際から離れる。

 馬に乗せていた荷物を地面に下し、軽く体を撫でて木の枝に手綱を結び付ける。

 どうせならブラッシングをしてやりたいけど、生憎と手元には無い。どこかでちゃんといたわってやりたい。うーん、名前を付けたら絶対に手放せないし、どうすべきか。

 ま、それはもうちょっと旅が進んでからかな。


「水現なる神、水鏡を照らして命を集え、銀鱗の糸を引きこの手の中へ」


 なんか難しそうな詠唱が聞こえる。

 魔法の難易度は分からないけど、魚を獲るための魔法ってそんなに簡単に開発できるモノなのかな? 勉強熱心なユーウェだからできることなのかもしれない。

 馬の首元に手を当てて振り向くと、ユーウェが両手を宙に差し伸べたままで固まっていた。


「あ、あの……ヴェイン」

「うん、どうした?」

「……なんか、欲張っていっぱい取り過ぎちゃったかも?」

「いっぱい?」


 俺のいる場所からは全く何も見えない。

 二歩、三歩と足を進め、目に入った光景に思わず「うげっ」と声を挙げて足を止めた。


「ね、早くたすけて~~~」

「ちょ、それ、どうすんの!」


 湖を指さして叫ぶ。

 数十メートルにわたり、湖の岸辺いっぱいに集まった魚、魚、魚!

 魔法のせいなのか、整然と並び、水の中からこちらを虚ろな目で見上げている様ははっきり言って気持ち悪い。ほんと、ナニコレ。なにしちゃったのよ、ユーウェさん……。


「魔法解除したら?」

「したら……たぶんすぐ水の中に戻っちゃう。折角集めたのに」


 いや、そんな残念そうに言われても……はい、分かりました。何とかしましょう、この俺が。はっはっは! 頼られがいがありますな!


「あー、ってことは今この状態で捕まえればいいんだな」

「うん。あ、あそこの赤いお魚には毒があるから気を付けて。あとそっちの体の横に黄色い斑点があるお魚、食べたい」

「了解、ちょっと待って」


 荷物の中からナイフを取り出し、ユーウェが指名した魚を探す。

 ジーーーッと魚からこんなに見つめられるなんて初めての体験だぜ。こんなにたくさん並んだ魚の目……夜、閉じた瞼の裏に浮かびあがってきそうで怖い。やめろ、見るな。見るんじゃない。視線を逸らすんだ、俺!


「いよっと」


 ここは勢いが大事!

 目を逸らしつつギリギリ視界に入っている魚に左手を伸ばし、右手ですかさずナイフを突き立てる。骨をゴリゴリと削る感触が手から伝わって背筋がゾワリとした。


「お、とととと、ほい、一匹目。んで、二匹目……あ、何匹いる?」

「とりあえず、三匹ずつかな」


 三匹、ではなく、三匹ずつ。つまり一人三匹ってことで六匹ですかね。はい、承知です。

 求められた数を仕留め……っていうほど格好いいものでもないけど、作業を短時間で終える。

 自然豊かな環境だからか、人間が釣りをしない場所だからか、一匹がデカイ。到底一人で食べるには大き過ぎだし、炙っても中まで火が通らないだろう。

 どうやって料理しようかな。そう悩んでいる後ろでパンッと両手を打つ音が聞こえた。

 顔を上げると大量の魚がバシャバシャと音を立てて水際から逃げ去っていく。うん、逃げてる。そりゃ怖かったよな。俺も怖かったよ。なるべく遠くへ逃げとけ。


「次は違う魔法で試してみる」

「うん、それがいいと思う」


 俺の精神の健康のためにも、それでよろしく。

 魚は結局一人一匹でも多かったので、炙って完全に火を通して保存食っぽくした。


「うーん、お塩が欲しいね」

「それな。焼くだけでも旨いけど」


 ぷくぷくに肥えた魚は肉よりも美味い気がする。

 仕留めた直後に昼食代わりに一匹ずつ、夜にもう一匹ずつ食べて寝る準備をする。

 水場は昼と夜で捕食者が変わる。

 今のところは兵士の持っていた剣とユーウェの魔法でもなんとかなるけど、水に近すぎるのも良くない……気がする。ただの勘。でもそれが生死をほんのちょっと差で分けるってこと、俺は知ってる。


「ちょっと待ってて」


 満腹感と移動の疲れで船をこぎ出したユーウェを抱き上げて、手ごろな木を探す。


「うーん、ない」


 いい感じに二人の体重を支えてくれそうな木がない。足元が砂地で木が育ちにくいのかもしれない。

 仕方がない。今日は地面で就寝。

 馬を少し離れた木に繋ぎ直し、適当に広げた服の上にユーウェを横たわらせる。

 顔にかかってしまった髪を直そうと手を伸ばして、触れる寸前で引っ込める。これ、触っていいのかな。抱き上げるのとはまた違った羞恥心が込み上げる。

 でもこのままだと呼吸の邪魔だし? 鼻に入ったらくすぐったそうだし? 仕方がないよね? ね?

 そーっとそーっと、中指の背に引っ掛けるようにして髪の毛を耳の後ろへとどかした。

 ゆーっくり、ゆーっくり、体を起こして、止めてしまっていた息を空に向かってフィーっと吐く。


「ふふっ」

「んの!?」


 微かな笑い声がして視線を落とせば、ユーウェの目がうっすら開いて笑っていた。

 え? 狸寝入り?

 てか、なんで笑ったの? 笑うとこ、ここ? いや、その笑顔も可愛いけど。明るいところで見る笑顔もいいけど、星空の下もいいね! 素敵よ!


「……おや、すみ?」

「おやすみ、ヴェイン」


 崩れ落ちそうになる脳内ミニ自分をなだめて、挨拶をする。

 ふにゃっと崩れたような笑顔で同じ挨拶を返され、心臓の奥がぎゅぐぅんっと痛んだ。

 たぶん、俺の心臓、過労死が近い。

 死ぬ前にどうにかしてユーウェを安全な場所に送り届けなけらば。

 そう、俺は誓った。





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