第2話
ケルベロス討伐ののち、 後片付けはゴーレムに苦戦していた若者パーティーに押し付け、ようやく一息つく。なんだかいつもより3割増しで体がだるい。
それは弟子の強壮薬の副作用なのだが、ダンには気づくすべもない。
マニマニと帰路に就こうとしていると、後ろから声をかけられた。
「……その強さ、まさかな。よければ名前を教えてくれないか?」
先ほど助けた赤髪の少女だ。戦闘時の度胸から、ゴーレム程度にはさほど苦労しない力量だろう、とダンは思った。
あいさつを無下にするのも気が引け、素直に答える。
「鏡・ダン。こっち風に言うとダン・カガミだ。冒険者……ってわけでもないが、まあ、なんだ、適当に暮らしてる」
ダン・カガミ。と少女は口にしながら目をパチクリさせている。
少女には探さなければならない人物がいた。
きっかけは5年前にさかのぼる。
はっきり思い出すのは、これ以上ないくらいに晴れ渡った青空と、眼前に舞う鮮血のまがまがしいコントラスト。
昼食時の街は、魔王軍の襲撃によりスープすら冷める間もなく壊滅した。
身を挺して自身を守ってくれた両親の後ろで、少女は恐怖に震えていた。
自身もまた、血煙に消えるのかと。
まず、泣いた。
次に、あきらめた。
天を仰ぐ。
今にも己を両断せんと、目いっぱい振り上げられた魔物の剣と、死を照らすように青い空。
ああ、私はここでいなくなるんだ。
覚悟して、少女は目を閉じた。
死の直前の時間はゆっくり流れるという。
少女は待った。
そのうち、重い金属が落ちたような、ガラン、という音が聞こえた。
それでも少女は待った。生きることをあきらめていたからだ。
更に経ち、男の声が聞こえた。
それは、少女を助けた男、ダン・カガミの声だった。
男にあこがれ剣を鍛えた少女は、成長を見てもらおうと、帝国中を探し回っていた。
旅を続けるうち、尊敬のあこがれは、強い恋心へと形を変えた。
少女は内心の動揺を気取られないよう話を続ける。
「二人組で魔王軍を滅ぼした、あのダン・カガミか?」
「……そんなこともあったっけな。いいだろ昔のことは。やんちゃを誇るような年でもねーよ」
やましいことでも語るかのように、ダンは赤髪の少女から目を背けた。
「ほら、帰るぞ。今日の報酬でしばらくは食っていけるだろ。使い切るまでは絶対働かねー」
「……私はテルミット・バーンサイド。冒険者だ。助けてくれたことには感謝する。お前の強さ、間違いなくかの英雄だろう」
だが、と少女あらためテルミットは前置きして
「私の愛する英雄、ダン・カガミは見目麗しい美男子で、生気に満ち満ちて、誠実で、気配りができて、優しくて」
そう言うにつれて、テルミットの頭がうつむいていく。心なしかプルプルと震えだした体を見て、マニマニが警戒をあらわにした。
「師匠、ヤバげじゃないすかこの人? 夢見る乙女みたいなこと言ってますけど」
「誰がヤバげだ失礼な! とにかく、現物を見ろ! 顔には無精髭を生やし、目は死んでいて、おまけに怠惰ときた」
「余計なお世話だよ。ほらこの目、ピュアな輝きが眩しいくらいだろうが」
「やめろ! それ以上濁った目で私を見るな! 理想のダン・カガミ像が崩れる!」
テルミットはうがーっと頭を掻きむしる。というかテルミットって言いづらいな。テルミでいいだろ。とダンは勝手に少女をテルミと呼ぶことにした。
「なあ、テルミ。お前は俺に何を求めてんだ? 確かに魔王軍と戦った頃もあるが、昔の話だし、お前の言ったように怠惰なおっさんだ。帝国の回し者だってんなら、軍には戻らないと伝えてくれ」
「なっ……! テ、テルミ? いや、それは置いておいて、私が軍の手先だと?」
謎の略称を気にする間もなく、物々しいやり取りが始まった。
顔を赤くしたりしかめたり、表情の変化がいそがしい。
「それが一番納得行くっす」
「ふざけるな! 仕方ない、少々恥ずかしいが、私の夢の話をしよう。聞いてもらえれば、軍と関わりのないことがわかると思う」
そう言うとテルミはスーッと息を吸い込み
「私の夢は、お前のお嫁さんになることだ!!」
ことだ、ことだ……と、広い洞窟に言葉尻が大きく反響する。
公衆の面前で行われたとんでもない大告白。実行犯は燃えるような赤髪を背中まで伸ばした、見目麗しい女剣士だ。
それがなおさら事の異常性を際立たせる。
常軌を逸した大音声に、マニマニが引き気味で隣のダンに告げた。
「師匠、地雷っす」
「誰が地雷女か!! とにかく、今のお前は昔の英雄、ダン・カガミとはかけ離れている! 明日から私がビシバシ修正してやる! 修正が完了したら近所でも評判のおしどり夫婦として生涯を添い遂げるんだ、わかったか!!」
「してやるってお前、どうやって」
「明日から毎日お前の家に見た目や素行をチェックしに行く。震えて待て」
「お気に召さなかったら? お尻ペンペンでもする気か?」
「言わせるな恥ずかしい」
「えっ本当にそのつもり?」
「違う、ひたすらに小言を言うだけだ」
「うわあ、一番嫌」
「というわけで、住所をここに書いてくれ。なるはやで頼む」
紙とペンを差し出してくるテルミ。
「なるはやじゃねーよ、嫌だよ。……いや、そんな不思議そうな顔されても」
「さっきのは嘘だ。後日改めて今日のお礼をしたいんだ。本当だ」
「遅いって。まあ、住所は教えるからさ、用があったら来てくれよ」
そう言ってサラサラと住所を書き込んでいく。
ご満悦のテルミとはそこで別れ、2人は帰路に就く。
報酬を受け取り帰宅後、夕食の席にて。少し奮発して牛肉を買い、今晩はステーキだ。典型的な贅沢に、この二人は弱かった。
「師匠、本当に良かったんすか? それともああいう女が好みなんすか?」
問う口調はからかうようで、あまり気にかけた様子もない。
それより肉だ。霜の降ったウェルダンに、その視線は釘づけなのだ。
表面がカリカリになるまで焼いた牛肉。王道のステーキ像からは遠ざかるが、マニマニはこれが好きだった。
レアやミディアムより、肉を食らった実感が強いからだ。
「いや、なんか引き下がらなそうな雰囲気だったからさ、街外れの空き家の住所を教えといたんだよ」
久しぶりの高級肉に心がゆるんだか、ダンもどこか気が抜けたような語り口だ。
しかし弟子は、夢見心地から現実に引き戻された。
あの手合いの愛の重さには、過去に覚えがある。旧友を思い出し、マニマニは頭を抱えた。
空き家をつかまされて、まさかそのまま引き下がるとは思えない。
「……それ、嫌な予感がするんすけど」
言い終わるか終わらないかのうちに、家のドアベルが打ち鳴らされた。
流れた沈黙も相まって、まるでホラー映画の冒頭だ。
「私は嫌っすよ」
「まだ何も言ってないだろ」
仕方ない。確認するか。覚悟を決めてドアを開ける。
そこには髪色とおそろいに、顔を真赤にしたテルミが佇んでいたのだった。
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第3話からは月・水・金・日曜日の20時45分頃に投稿予定です。
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