これから、これから ~過去の英雄が、傷を乗り越えて幸せを掴むまでの話~
レモン塩
第0話
それは、一本の矢だった。
帝国最強と言われた才女。異世界から突如現れた女が重用されることへの嫉妬から、麾下の部隊が指示とは異なる動きをした。
一瞬の、隙。これを突かれた。
矢じりが柔らかな肌を食い破り始めた瞬間、アンナは己の運命を悟り、受け入れた。悲鳴の一つも上げないままに。
そこへ、駆け寄ってくる男がいた。
「アンナ! クソッ! すぐに野戦病院に連れて行ってやる、それまで持ちこたえてくれ……!」
「っ……ケホッ」
声も出ず、視界の端が暗くなってくる。
(ダン……お前は幸せになれ。アタシがいなくても、まっすぐな、お前であれ)
「しゃべらなくていい! 大丈夫だ、大丈夫だからな……」
気遣うような声色でダンが言い、アンナの黒髪を撫でる。トレードマークの白い軍帽は、矢に倒れた際に落ちていた。
(優しいな、それでこそアタシが惚れた男だ……直接、伝えてやりたい。アタシのことは、いいんだ。気にしないで、幸せになってくれ)
(転生者だって、楽しくやっていいんだ。人の迷惑なんか、気にするな)
にやりと、かすかに口の端が上向く。
自分でも、戦争で死んでゆく人間の顔ではないと思う。死に際こそ恰好がつかないが、この世界でいろんなことを学び、楽しみ、愛した。その満足が、死相の中に生気を与えていた。
(ああ、楽しい人生だった。……地獄でゆったり待ってるぜ。2回目の転生なんて、ごめんだからな)
心の中でつぶやいて、アンナは、目を閉じる。矢を撃ち込まれた痛みはとうに感じなくなり、心地よいまどろみだけが感覚を支配する。
(つらい思いをさせて、すまん。アタシは罪な、女だ……)
そうして薄もやの中に閉じられた目が、開けられることは二度となかった。
氷結の魔術師、アンナ・セツナ。異世界に来て5年目の夏、この世界での生は騒乱のうちに終えられた。
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第3話からは月・水・金・日曜日の20時45分頃に投稿予定です。
今後ともよろしくお願いします!
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