第5話 野球部ってだけでモテるのはおかしいと思う

 恵庭がいかに恵まれていない田舎かということは、そろそろわかってもらえた頃だろう。では次に、恵まれている所の話をしよう。


 まずは千歳、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないだろうか。

 言わずもがな、バカでかい空港がある町だ。

 札幌からは若干離れているが、恵庭よりは全然都会。

 なんせでっけぇイオンがある。イオンがある所はだいたい都会……なはず。

 ついでに今度半導体のなんちゃらができるとかで、なんか盛り上がっているらしい。知らんけど。


 次に北広島。広島の人が開拓したから北広島というなんと安直なネーミング。

 その割には全然広島っぽさはないが、でっけぇアウトレットがある。名前的には「札幌アウトレット」を謳っているが、あるのは普通に北広島。

 ディズニーランドと同じ理論ですね。


 んでもってさらに、キタヒロにはできたばかりの(たぶん)でっけぇ球場がある。ボールパークなんて言っちゃって、球場の他にもなんか色々あるらしい。

 行ったことないけど。俺には縁のなさそうな場所だ。


 で、なんでこの2か所を選んだのかというと、どちらも恵庭のお隣だからだ。

 オセロでいったら恵庭もひっくり返って豊かになるはずなんですが、ならないですねおかしいね。人生はオセロじゃないんだよっ!!


 ――なんて我が生まれ故郷への不満を垂れつつ、今日も今日とてストーブの前でかじかんだ手を温める。


 生まれ故郷……かぁ。まあ、陽太も恵庭を出てどこか他の所に住んでみれば、きっと地元の良さがわかると思うよ。

 というかなにそれ? 鈴ちゃんのまね? じゃあおねえちゃんも温まろうかなー。


 おい、入ってくんな狭いだろ。だいたい幽霊が温まったらなんか変な感じになるからやめろよ幽霊らしくしろよ。


 お~……石油のかぜ~。

 ……あ、ちょっとそんなに近づけたらやけどするよ? もっと離れなさい!


 うっせぇあんたは俺のおかんか!


 ……などと朝から幽霊喧嘩をしていると、


「おはよ?」


「うわっ……!?」


 黒いストッキングに覆われた二荒の健康そうな両脚が、葉瑠の身体を貫通してそこに立っていた。


 ごめんね鈴ちゃん! 邪魔者はすぐどきますからねー。


「どしたの? なんかぶつぶつ言ってたけど」


「あー、いやほら、俺ってストーブと会話しながら温まるのが日課だからさ。今日も寒くて石油うめえなぁ、って言ってたわこいつ」


「そうなんだ……っ」


 俺の苦し紛れのろくろ回しを前に、二荒は半笑いになりつつ、ちょこんと俺の横にしゃがみ込む。


「あー、ぬくいぬくい」


 二荒はいつものように手をかざして、なんだか楽しそうに首を振っている。ポニーテールが横に揺れて……犬かな? 

 ……てか当たるから当たっちゃうから。それで痴漢とかセクハラとか言われちゃうんだから……生きづれぇですよ男ってのは。


 さすがにまだ社会的に死ぬわけにもいかないので、俺は今日のほかほかタイムを早々に切り上げて、自分の席に戻る。


「私、ほんとこの席でよかったなー」


 背後から聞こえる二荒の声。俺は机の方を向いたまま答える。


「あー、温かいもんなここ」


「んー、まあそれはそうなんだけどねー」


 そこで会話は終了。

 さーて、今日は単語テストがありましたねぇ。と、俺はリュックの中から英単語帳を取り出す。

 二荒もしばらくすると席に戻り、なにやら文庫本を読んでいるようだった。


 ほんとはもうちょっと頑張って会話してほしいんだけどなー。文学少女を邪魔するのも良くないかー。こういう朝もいいかな?


 そう、これが俺たちのいつもの日常。

 周りの連中ががやがやと楽しそうにお喋りをしている中、俺と二荒だけはまるで世界から隔絶されたかのように、思い思いの時間を過ごす。

 なんて言い方をすると、中二病っぽくなってしまうが。


 クックック……アタシの右腕が疼く……! ってやつでしょ? 

 いたなーあたしのクラスにも。ああいうのって、見てるこっちが恥ずかしくなってきちゃうんだよね。ケガもしてないのに包帯とか眼帯とか付けてさー、ね? 陽太シャインブロッサムくん?


 やめろ。俺はそういうのは通ってないぞ。手の甲にある生まれつきの青あざに伝説のドラゴンが封印されてて、いつか暴れ出す日がくるんだろうなとか思ったことないぞ俺は。


 中二乙! ってやつだねこれは!


 ……なんてやり取りも日常となりつつある今日この頃。

 学校にいきなりテロリストが現れて、俺がかっこよく戦って女の子に「きゃー園宮くん助けてくれてありがとうちゅきっ!!」って言われる――なんて妄想をするのも男子のさがでありまして、始業5分前といった頃だったろうか。


「おはよう、二荒さん」


 野球部らしく短くも、オシャレにすっきりと整えられたスポーツ刈りのイケメンが、爽やかなシトラスのような香りを漂わせながらやってきた。

 テロリストというほどではないが、クラスの注目を集める男のキラキラとしたオーラは、俺たちの世界を壊すには十分な存在だった。


 男の名前は、白沢のぼる


「……なに?」


 二荒はしおりを挟んで本を閉じ、少し間を空けて応じる。


「いやぁ、今日は朝練が早く終わったからさ、ちょっと二荒さんと話そうかなって」


 ゾクゾクゾクゾク……! あまりの気持ち悪さに鳥肌が立つ。


 マジでなんなのこいつ? 朝練早く終わったからさ、じゃねえんだよ。そんなの誰も聞いてねぇんだよ興味ねぇんだよ。

 毎度毎度ほんと懲りねぇなこの男は……。


 えー? 別にそれくらい普通の会話じゃない? 陽太がひねくれすぎなだけだよーきっと。


 じゃあ、同じセリフを俺が言ったところ想像してみろよ? それでも同じこと言えるのか?


 うーん……うぅ……! 気持ち悪い……というかかわいそう?


「そうそう。今度ボールパークで試合があるんだ」


「……そうなんだ」


 俺が白沢のナルシストぶりに辟易しているうちに、会話は進んでいた。


 ちなみに白沢は顔がいいだけでなく、高身長で細マッチョ。おまけにエースで4番……かどうかは知らんが、野球もうまいらしい。

 勉強ができるという話は聞いたことがないが、しょせん女子高生なんてのは、足が速くてかっこよければそれでいいのだ。おそらく14日には、ロッカーに入りきらないほどの白沢ラブチョコレートでその机が埋め尽くされるのだろう。


 ……気に食わねえ。


 確かにモテそうだもんねー。でも、足が早い男の子を好きになるのは小学生までだからね? 大丈夫! 運動とか見た目以外にも男子に惹かれることはあるから! 諦めないで!


 ……どこぞの真矢ミキだよあんたは。


「二荒さんも、見に来ない?」


「え……?」


 そのお誘いはさすがの二荒も予想外だったのか、机の前に立つ白沢から距離を取るように椅子を引く。


「私は……ちょっと……野球とかわかんないから……」


「そっか……」


 こんなふうにわかりやすく肩を落とす白沢の姿も珍しい。が、


「ゆ、柚村さんと一緒に行ってくればいいんじゃない?」


「ああ! じゃあゆずきと一緒に二荒さんも来なよ」


 ……そう。この男、普通に空気が読めないのだ。

 察しろよマジで彼女嫌がってるだろこのナンパ男が。


「えぇ……? えっと……」


 どう断ればいいのか。クラスの視線が集まっていることもあり、きっぱりやめてくれと言うこともできない。

 困り果てた二荒は白沢から目を逸らし、ゆっくりと横を向いて……横目で見ていた俺と目が合ってしまう。


 え? なに? なにこれどういう意味? そっか、窓の外を見たくなったんだね! でもあいにく今日は曇天だ!


 ばかっ! 陽太のばか! ねえ、気づいてやってるよねそれ? 助けてって意味に決まってるでしょ! 目逸らしてないで鈴ちゃんを助けてあげなさい!


「ゆずきなら少しは野球知ってると思うからさ――」


「あー、野球といえば水とか入れるピッチャーと投げる方のピッチャーってどっちが先に生まれたんだろうな?」


 俺が無理やり割り入ると、白沢は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの営業スマイルに戻ってこう答える。


「どうしたんだい? いきなり」


「いやー、ピッチャーとピッチャーって発音難しいよなーって思ってな。ところでもうすぐバレンタインだけど、白沢はチョコとか好きか?」


 なるべく野球から話題を逸らそうと、無理くりバレンタインの話をしてみる。


「あー、好きだよ。特に運動の後は甘いホワイトチョコがいいんだよね」


 あー、こりゃ今年のバレンタインは白一色ですな。この情報を聞き出した俺を少しは敬ってほしいですね女子の皆さん。


 ともかく作戦成功だ。と思っていたのだが……、


「二荒さんはどんなチョコが好き?」


 あれ? あれれ、なんか白沢くんもう俺の方向いてないんですけど。なんかさらっと受け流されたし、なんなら新たな会話のダシにされたんですけど。


 ってやばいやばい。これじゃあ二荒が……。


「え、私? 私は……普通にミルクチョコレート、かな」


「そっか。ありがとう。覚えておくよ」


 ……? ?? え、「覚えておく」ってなに? ねえその情報いつ使うの? 

 ……この男、マジでなに考えてるのかわからん……。


『キーンコーンカーンコーン――』


 そこで予鈴が鳴り、白沢は爽やかに手を振って去っていく。そして、またこっちを眺めていたらしい柚村と愉快な仲間たちに迎えられ、自分の席に座る。


 ふぅ……終わった……。


「助かったよ。ありがと」


 横を見ると、すっかりいつもの元気そうな表情に戻った二荒がいた。


 まあ……なんだ。こういうのもたまには悪くないかもな、刺激的で。こんなのが毎日続くのはごめんだけどな。


 ヒューヒューおアツいねぇ! 女の子を助けてヒーロー気分ですかっ! いいねぇ青春だねぇー!


 ……このうるさいやからがいなければ、もっと感傷に浸れるというものだが……。

 雰囲気ブチ壊しだよまったく。

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