好きな人に愛されたい詩は、ノスタルジーになった
夏目 吉春
プロローグ 好きだった人
“好きだった”という言葉は、すこし冷たい。
まるで、誰かが落とした手紙みたいに、もう私のじゃない。
私は今日、国語の時間に詩を提出した。
それだけのこと。
誰にも気づかれないはずの、たった数行の言葉たち。
「──好きだった人になる前に、まず好きにならないと始まらない」
だけど、私の詩を先生が読み上げたとき、教室の空気がきしんだ。
笑う子もいれば、眉をひそめる子もいた。
私は俯いて、鉛筆の先ばかり見ていた。
──好きになった人に、愛されたい。
それだけのことなのに、なぜか、変なふうに伝わってしまう。
でも、あの子だけは──
窓際で風を眺めていたあの子だけは、ほんのすこしだけ、わかってくれた気がした。
「──
先生の声に、クラスがぴたりと静まる。
当てられたその男子──
「ええと……好きとか嫌いとか言う次元では、この詩は語れないというか……なんか、ノスタルジーなんですよね」
意味がわからなかった。たぶん私以外、みんな同じ顔をしていた。
だけど私は、ひとつだけ確信していた。
──この人もきっと、どこかおかしい。
チャイムの音が、遠くで割れたみたいに響いた。
先生が黒板に何かを書いていたけれど、私はあまり覚えていない。
さっきの詩が、まだ胸の中でじんわりと残っていた。
「ノスタルジー」なんて言葉、正直よくわからない。
けど、あの人──春樹くんの声が、それをやたらと大事そうに口にした気がして、
どうしてか、変にくすぐったくて、照れくさかった。
私の詩、そんなに変だったかな。
あの子たちみたいに笑われるようなものだったのかな。
でも、私なりにちゃんと考えて書いた。思いつきじゃない。……たぶん。
春樹くん、馬鹿なのかな。
でも──
もし、ほんのちょっとでも“わかってくれた”のなら、
それは、ちょっとだけ……嬉しいかも。
私の机の上に開いたままのノートを、そっと閉じる。
なんだか、詩が見られてるような気がして、落ち着かない。
先生、どうしてあれを読み上げたんだろう。
読まれるなんて、聞いてなかったのに──。
「詩なんて、どうせ点数にならないのにさー」
後ろの席の誰かが、そんなことを言って笑っていた。
私は聞こえないふりをした。
けれど心の中で、その言葉に何度もひっかかった。
点数にならない。
じゃあ、あの言葉たちは、意味がなかったのかな。
だけど、春樹くんの「ノスタルジー」は、たぶん本気だった。
意味はよくわからないけど、それだけはわかった。
先生が言っていた。
「中間テストで赤点だったら、補修と提出物。今回は特例で“交換日記”も認める」と。
そのとき私は、誰かと日記なんて絶対やりたくないって、そう思った。
だって恥ずかしいし、面倒くさいし、何より、誰と組まされるか分からないなんて──
地獄じゃない。
でも、まさかあのあと、あんな罰ゲームみたいな交換日記が始まるなんて。
このときの私は、まだ何も知らなかった。
***
放課後、掲示板の前で、私は目を疑った。
《中間国語テスト 赤点者一覧》
──そこに、自分の名前が載っていた。
「うそ……。なんで……?」
国語は苦手だったけど、今回は大丈夫だと思ってた。
文芸部の先輩が、樋口先生の“出題傾向”を教えてくれたから。
形式も傾向も、ばっちり対策した。……つもりだったのに。
なんで今年だけ、ガラッと問題変えるの?
樋口先生、空気読んでよ……。
でも、それより目を奪われたのは──もう一つの名前。
上村 春樹。
……って、なんで!?
あんた、詩にノスタルジーとか語ってたくせに、赤点って!
しかも、その下に追い打ちみたいな貼り紙が。
《補修対象者へ:提出物対応可》
《課題:詩的感性レポート(形式自由)》
《例:感性共有を目的とした交換日記 など》
私、思わず紙を引きちぎりそうになった。
これって……まさか、そういう“おかしいやつ”と組めっていうの?
──このときの私は、まだ知らなかった。
この“詩的補修”が、
“好きだった人になる前の、最初の一歩”になることを。
◇◇◇
◇お題:詩から感じた思いを書き表した恋愛小説が読みたい!
どうして好きな人は輝いて見えるのだろう
どうして好きな人は目についてしまうのだろう
どうして好きな人はここにいるよっていうオーラを感じるのだろう
どうして好きだった人は心がときめかないのだろう
どうして好きだった人はその他大勢になるのだろう
どうして好きだった人はそこにいたことに気づかないのだろう
好きになった人に愛されたいし
壊れそうな好きを一生の愛にしたい
この詩をそっと胸に置いて──ひとつの恋の物語が生まれました。
吉春
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