第26話

 三人が旅を始める中、木村は家へと帰っていた。

 第三知性体の干渉と阿曇誠一が旅に出たことはあの場においては木村だけが覚えており、他の者はおろか研究所のどの記録にも残っていなかった。

 部屋をエアコンの涼しい風が満たし、窓から入る日差しに漣は目を細める。ソファに転がり、テレビをつけているが心ここにあらずといった表情で内容は頭に入ってこない。彼は研究所の帰りからずっとそんな状態を続けている。

 家族は仕事に出掛け、休日を過ごす漣。そんな彼をチャイムの音が現実へと目を向けさせる。

 「…」

 チャイムに出ようとソファから起き上がる姿勢を取るが途中で力尽き、彼はどうでもよくなってしまった。しかしチャイムは時間を置くごとに数を増し、音はもはや彼の心をどこかへはやってくれないほどになっていた。

 「出ますから!すみません、今、出ますから」

 気だるげだが体を起こし、急いで玄関に向かう。向かう最中も音は鳴り続けている。

 「すみません、眠っていて」

 「いえ、出てこないので演算を間違えたかと思いましたよ」

 扉を開けた先には女性が立っていた、しかも和装で。

 「…どなたですか?」

 夏の暑い中をいかにも暑そうな格好をしている女性に木村は見覚えがあるように思えた。

 「ええ、お忘れでしょうね」

 どうやら相手の女性は木村を知っているようだが、木村には見覚え以外は何も分からなかった。

 「では改めて。初めまして、第四知性体の飛鳥馬あすかばです。よろしく」

 明け透けなく己の名を明かしたその女性、飛鳥馬の差し出す右手に木村は右手を返し、握手するしかなかった。

 「よ、よろしく……」

 彼女は笑顔で木村を見つめ、木村はただただ苦笑いを浮かべる。表情から見れるテンションは天と地の差である。

 「急な来訪かと思いますが、外は暑い。玄関もアスファルトや地面からの熱で暑いことこの上ない。…ということでひとまず上がっても?」

 「いや、知性体を上げるのはちょっと」

 「でも玄関は暑いですよ。それともここでこのまま話すので?」

 彼女の目は中に入れろと言わんばかりである。木村も暑いのは御免だと思っていたが、知性体を入れるのも同じくらい御免であった。

 「それに、あなたは覚えていないでしょうが以前も熱中症で倒れました。今回も二の舞を」

 以前や今回という言葉は気になるが、熱中症は恐ろしい。

 「…分かった。どうぞ」

 渋々彼女を家へと上げることにした。飛鳥馬は嬉々とした表情を浮かべて、おじゃましますと礼儀正しく玄関を通る。

 「涼しいですね。ご両親はお仕事中で?」

 「言わなくても知性体なら分かるだろ」

 「つれませんね。ご挨拶したかったのですが仕方ないですね」 

 (ご挨拶って。親が卒倒するわ)

 木村は両親の慌てる姿が容易に想像できた。傍らで二人を介抱する飛鳥馬の姿も。

 「麦茶でも…」

 「?」

 言いかけた彼に疑問符を浮かべながら飛鳥馬はじっと見つめる。

 「液体系はダメだよな」

 そういいながら、用意したコップを一つ片づけようと引き出しを開ける。

 「ちょっと待ってください。もしかして」

 彼女の目線に、木村は蛇に睨まれた蛙の如く固まった。

 「知性体の事、ロボか何かだと思ってます?」

 「違うの?」

 「違いますよ」

 演算能力が高いので木村はそう思い込んでいた。その言葉に飛鳥馬は呆れたような、諦めのような顔を浮かべえる。

 「まあ、良いですが。麦茶は頂きます」

 木村は戻しかけたコップを元に戻し、麦茶を注いでリビングへと持ってくる。

 「はい。麦茶」

 「ありがとうございます。やはりあなたは優しいですね。あなたにとって私は見ず知らずの知性体でしょうに」

 「もう家に入ってるからな。それに今、誰かに歯向かう気力は無い」

 そういい、木村は冷えた麦茶を飲む。一口に飲むと少し心が和らいだ。

 「それで何しにここへ?」

 第四知性体がわざわざ自分の家に、それもつい最近第三知性体とあった男の元へ。これを偶然で片付けられるほど木村は能天気ではなかった。

 「いくつかありますが、まずあなたは第三知性体とあって親友は旅に出てしまい、少し気が滅入っている、その励ましに」

 「君で更に悪化した気がするけど」

 「それはすみません、でもあなた以外に第三のことを覚えてる人も居ませんし、居ても少ない。その中で見舞いに来る者はもっといない。ならば私がと、駆け付けたのですよ」

 「思いだけ受け取っておこうかな。でも歓迎は出来ないね。すまないが帰ってもらおう」

 飛鳥馬を玄関へと連れていく。

 「帰るのはちょっと困りますね。特にあなたが」

 木村は怪しむが、飛鳥馬は態度を崩さずひたすらに余裕を見せている。

 「阿曇誠一が居たでしょう。あなたは彼に会いたいですか」

 彼女の問いに答えるのに、考える必要はなかった。木村はすぐさま答えた。

 「会いたい。会えるなら」

 「ええ、会えますよ。会いたいのでしたら」

 互いは見つめ合い、相手の表情を確認し合った。一方は望みを得た顔をし、もう一方は慈愛の様な笑みを浮かべていた。

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