第14話:クオンのルール

「どうも、ウツルコだ。クオンの校則ってさ、おかしいと思わない?」

「同感ですわ。私たち、気が合いそうね!」

 

「久しぶりだね。実に久しぶりだ。私はアラメヤだけど、君の名前はなんだったかな!」

「セレナ・デート。悪いけど、クオンは不審者お断りだよ!」

 

「はいはーい、イソレニちゃんもよろしくね? 『特別編入生』さん?」

「では、参ります」

 

 三人のうち一人ずつが、ヒビキたちにそれぞれ襲いくる。

 そういう口火だった。



 高さは十数メートル、天井には煌びやかかつ鮮やかな色彩のステンドグラス。さらにはエーテル灯によるライトアップが、ステンドグラスから取り込まれる自然光と乱反射ののち重なり合い、荘厳かつ神聖な雰囲気を漂わせる。

 されどそんなクオンの講堂にあって、今彼女、マギの紅瞳に一等眩しく映るのは。


「──私は、この学院を誇りとしています」


 あるいは自らの役割の根拠。あるいは主人。あるいは、ヒビキ・アルケイデアという存在。唯一として立ち、強靭であると己を律する。彼女にとってすべては拠り所ではなく自尊である。傲慢であり、その実謙虚さを孕む。

 スピーチしゅちょうとはこういうものか。そこには自己がある。自信と自負がある。それらの真の意味をマギが知り切ることは今はできないけれど、その発露を目にすることには意味がある。マギ自身の芽生えにおいて。


「王国は魔女に依拠している。始まりの魔女に未だ依拠しています。ですが、それを繋げてきたのは後世の人々。時には捻じ曲げ、時には腐らせ、それでも歴史という命をつなぐ。だからこの国は今もここに生きている」


 マギは椅子に座ったままだ。血湧き肉躍る戦場ではない。それでも、熱い。灯りではなく、視界の一点が熱い。人の前に立ち朗々と語る、宣言するヒビキの姿。これは初めて見るもの。よく知るはずの人の初めての側面。


「……ここが国命の最先端だ。脅かしてただで済むと思わないこと、ですわね」


 それを人はカリスマと呼ぶ。他者を惹きつける才能、戦闘能力では計り知れない素質。ヒビキの言葉は、その刃は、自然と「敵」に向けられた。その空気の操作、情感の煽動は、鮮やかかつ自然。一挙一動が、大義を背負っているように錯覚する──あるいは錯覚ではない。


「先日の不審な侵入者騒ぎ。皆さんもご存知のあの事件は、私も所属する決闘同好会によって対処され……未だ尾を引いている。何故でしょうか? 退けたのに、脅威は消えない。強制決闘の四文字は、このクオンをセンセーショナルに駆け巡りました」


 彼女こそが大義で、正義だ。

 故に。


「決闘に対する畏怖と忌避。問題の根底は、外ではなく中です」


 故に彼女の問題提起は、最中央から広がる波紋となる。その話題に触れたことによる新入生のざわめきは、そしてそこから繋がった「クオン自体の問題」への転換は、惹きつけ、耳を澄ませざるを得ない。

 決闘はクオン校則第一条。この学院で魔法マギアを振るう最も原理的で前提的手段。だからこそヒビキを含め、すべての生徒がこの校則に則る。

 そうとも、校則は尊ぶべきものだ。マギはいつかのヒビキの言葉を思い出す。問題は、決闘への比重の傾き方。

 詰まるところその発言の本質は、決闘が、校則が、


「……決闘は! 我々を縛るものではなく、高めるものです!」


 生徒の自由を、保証していない。

 そんなありふれた価値観の元、彼女は侵入者にも牙を向く。「強制」決闘なんて、言語道断だとも。


「クオン筆頭、ヒビキ・アルケイデアは、あえてこの場を借りて宣言します。クオンの歴史は、今それを過ちにしてしまおうとしている。数千年の果てにある今日が、失敗の結果になろうとしている。侵入者への恐怖は、それに比べれば大したことではないのです」


 彼女の言葉の意味を測り切ることは難しい。しかし彼女の言葉の重みを感じることは容易だ。そのカリスマは、ヒビキの才能であり危険性。彼女自身もわかっているからこそ、それを長所として振るうタイミングを見計らう。


「逃げるようにこの学院にいなければ。縛られるためにこの学院にいなければ。魔法マギアの才を、国に捧げる贄としなければ。……ただ、クオンがもう少し明るければ」


 前に立つ。それだけのことで、この場すべてを支配した。

 壇上が女傑は、唯我にして高潔であるが故に学院筆頭。


「まあ、簡単な理屈です」


 そこで一息、ヒビキは何かを待つように言葉を置いた。その声音の異変は、彼女の意図通りマギ……「警備担当」に伝わる。


「学院を脅かす侵入者の正体は、おそらく学院に不満を持つ内部の人間だというだけですわ」


 そして、そう言い切った。

 ──コンマ一秒後に講堂全体に奔る閃光さえも、コントロールしたかのように。


「──『陽炎デイライト』」


 どこかで小さくそう呟かれ、目を焼くが如き光が周囲を包む。いわばフラッシュボム、「侵入者イソレニ」の魔法マギアが一端。

 突然のことに、新入生はパニックを起こすだろう。あるいは既にこの事態を、曰くの侵入者騒ぎだと見当をつけるかもしれない。けれどその所以で起きるだろう騒は、


「どうぞ皆様、お静かに。『戴冠ドミネイト』」


 次なる宣言で「封じられる」。慌てふためき、隙を見せた深層心理。それらを掌握し、操作し……すなわち、意思薄弱の対象の行動を支配する魔法マギア。「侵入者アラメヤ」の戴冠ドミネイト

 そうして誰もが椅子に縛り付けられた状態で、壇上、ヒビキ・アルケイデアに向かう少女が一人。ヒビキと等しいはずの金髪は、擦れて荒れてまるで違う色のよう。


「こんにちは」

 

 ゆらりと壇上に登り、ヒビキの眼前で飄々と挨拶する。ここにいる誰もがそこに極まりを感じるほどの対称性があるのは至極当然。

 彼女、「侵入者ウツルコ」は、この三人のリーダーである。もっとも異物であるのだから、学院を守るべく立つヒビキとは相容れない。


「……ええ。では」

「『強制決闘』。対象は我々三人から、全員。新入生含めて、この場の全員を相手取らせてもらおう」


 ──契約が締結される。エーテルが、始まりの魔女の一端が、世界干渉の魔法マギアが、その機能を果たす。「侵入者」は、決闘に対するルール介入を行い、契約による精神と肉体への拘束を果たす。それが強制決闘。

 先に宣言した、ヒビキがもっとも忌むべき「縛り」。


「じゃあ、新入生は人質ということで」

「なるほど。ところであなたも、私のスピーチを聞いていましたわよね」

「そうだね。身につまされるものがあった」

「どういたしまして。では、"この私が口だけだと思ったかしら"?」


 決闘の開始が告げられた中、僅かの言葉が交わされる。そしてすぐに、ヒビキによって断ち切られる。騒然、異常、事態は一刻を争う。そういう状況にあって、ヒビキは無駄な発言をすることはない。

 先ほどのスピーチは、侵入者たちへの宣戦布告。そうであるならば当然、彼女には襲撃への対抗策がある。

 そのための、決闘同好会。決闘同好会の役割は、所属する人間の決闘を「現在のクオンのルール」から解放すること。成績比重といった枷となる重みを取り、自由かつ広範な決闘を。闘いそのものを好むマギのために作られた同好会ではあるが、他のメンバーにとってもそれぞれの思惑と利益で所属するに値するものとなっている。


「……決闘同好会総則の宣言」


 切った言葉の次に虚空に呟いたヒビキにとっては、「ルールが新しく作れること」そのものが利益となる。同好会の設立基準は校則に則り、その魔法契約的地位、いわば縛りとしての強さは最上級である。ヒビキが目をつけたのはそこだ。

 "なら、同好会内部に対するルールの重さは"?

 それは校則からの派生とするならば、現状のクオンのルールの大半……校則からの契約解釈に準ずる。すなわち、学院の規範に抗う行動は、「同好会によるルールの制定」としてなら可能になる。「強制決闘」が契約解釈で行われていると推定した時、ヒビキの頭の中にあった可能性は、敵と同じく契約解釈を使うことであった。

 キーワードは、「決闘としての妥当性」。


「『同好会員を二人以上含む決闘が開始される場合、校則が妥当とする範囲で決闘のルールを改変することができる』」


 ヒビキの宣言と共に、同好会による契約解釈は起動する。クオンでは、できないことは思い描けない。転じて、思い描けることは「できる」。それを判断する最高権力が始まりの魔女の契約、王立魔女養成学院クオンの校則であるとするならば……その価値判断は今もなお生きている。

 ならば現状のクオンの体制が行っているのと同じだけのことは、手順を踏めばできるはず。模擬戦闘、成績移動なしの決闘。本来研鑽のために決めたことではあったが、それをさらに応用する。

 決闘に対するルールの追加は、決闘同好会の中でのみできると制定した。校則に、始まりの魔女に認められたから、制定できた。つまり「通常二人以上の決闘同好会員を含む決闘の場合」。

 

「ヒビキ、マギ、セレナと、対抗する三人による、三対三の個人戦二本先取! そして、『それ以外の生徒の干渉の禁止』! 『より公正かつ公平な決闘』のために、決闘同好会を以てルールを変更いたします!」

「……っ、そう来たか!」

「"あなたたち三人でこの場の生徒全員を相手取るなんて、フェアではないもの"。より真っ当なルールになら、相手に有利な変更なら、このクオンの校則は通すと思ってね」


 ヒビキ自身にも発想の転換があったからこその発言。校則は揺るがせない。校則は絶対である。それをマギのオリエンテーションへの参加手続で改めて実感した。

 では、校則は生徒を縛るのか? そうではない。始まりの魔女はそんなことをしない、女王としてこの国に最初に立った人間はそんなことをしない、そんな確信が彼女の頭を回転させた。

 そしてたどり着く。校則に対する契約解釈が許されているのは、学院の体制側だけでなく、生徒にとっても同じである。そしてその範囲など……「校則そのもの以外に誰が決めようか」。

 これがヒビキによる、強制決闘へのカウンター。決闘同好会の理念から逸脱しないが故に「容認」される、「公正化」。もっとも、この作戦には一つ賭けがあったが。


「あなたたちも、同好会の校則を使ったのだと思ったのよ」

「……正解」


 少しの脂汗を流しながら、ウツルコはそう答える。笑みを浮かべて。ヒビキがこの作戦と同時に思い至ったのは、「強制決闘」の仕組み。どういう理由があれば「決闘」を弄れるか……思い当たって、それは同じ結論。

 "三人以上の署名を以って、あらゆる同好会の設立を許可する"。同好会を使えば決闘のルール、決闘の契約解釈部分に干渉できるのならば、「侵入者の正体は外部ではなく内部の生徒であり、三人以上」という図式が成り立つ。


「そうであるならば、同じ土俵であるならば、対応できる。……一つの賭けでしたが、クオンではできないことは思い描けないですから」


 そう言って、ヒビキは、


召還コール


 ──魔法陣を展開する。


「……マギ」

「はい」

「セレナ」

「はい!」

「勝ちますわよ、この決闘」


 同好会員への激励。……なるほど、これがヒビキ・アルケイデアか。そう思ったのは侵入者たちのリーダー、ウツルコ。これだけ悪意を張り巡らせてみても、自分たちはいつでも仕掛ける側、挑戦者側。持たざる側になるしかないらしい、と。

 それがどうした。


「──『変貌メタモーフ』。『銀人狼ウェアウルフ』」


 その宣言……魔法マギアによって、ウツルコの右手が、鋭い鉤爪に変貌する。ヒビキの魔法陣展開完了と、ほぼ同じ。

 ……もはやギャラリーとなった新入生たちの前で、ウツルコは朗々とその同好会名を謳う。


「『侵入生同好会』だ。今日からよろしく頼むよ、先輩方」


 侵入者……否、「侵入生」たちが駆け出すのは、三人同時だった。

 まずは、自己紹介。


「どうも、ウツルコだ。クオンの校則ってさ、おかしいと思わない?」

「同感ですわ。私たち、気が合いそうね!」

 

「久しぶりだね。実に久しぶりだ。私はアラメヤだけど、君の名前はなんだったかな!」

「セレナ・デート。悪いけど、クオンは不審者お断りだよ!」

 

「はいはーい、イソレニちゃんもよろしくね? 『特別編入生』さん?」

「では、参ります」


 かくして、舞台は冒頭に廻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る