第2話: 戦火の証明
セレスタイトはエヴァレットの数歩うしろを、無言でついて歩く。やや不機嫌そうな顔はしているものの、足取りは素直だった。
エヴァレットの背中は大きく、どこか陽だまりのような温かさを感じさせる。けれど、その背中に自分から何かを話しかけるには、まだほんの少しだけ、勇気が足りなかった。
そんな空気のまま、静かに、二人は街角のカフェに辿り着く。
カフェの看板が見えたとき、エヴァレットがようやく振り返る。
「この店、スープが美味しいよ。君も気に入ると思う」
「……そうか」
セレスタイトは短く返して、そのまま店の扉をくぐった。
店内は、午後の陽射しに満たされていた。木の床と古びた棚、ほんのりとスパイスの香りが漂う。
「好きなところに座っていいよ」
「……お前に言われなくても、座るつもりだったけどな」
不機嫌そうに呟いてはみたが、セレスタイトは素直に腰を下ろす。メニューも開かず、窓の外を見たまま、無言の時間がしばらく流れた。
やがて、二人の前にスープが運ばれてくる。トマトと豆の香りが、ほんのり鼻先をくすぐった。
エヴァレットはスプーンを手にしながら、ふと声を落とした。
「……迎えに来る人間はいないんだな」
セレスタイトは一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに目を伏せた。
「三つの時には、母親も父親も死んでた」
「……そうか」
「貧民街の仲間と、なんとか生きてた。似たような奴ばかりだった。毎日、腐りかけのパンとか、廃棄された野菜を奪い合って。……そういうのも、続かなくて」
セレスタイトの声は、淡々としていた。語っているというより、思い出をなぞっているだけのような、乾いた口調だった。
「何人も殺された。残りは、食い物にありつけなくて、ひとりずつ死んだ」
スプーンを握る手に、力がこもる。
「……最後は俺ひとりになった。あの場所にいたら、いずれ俺も誰かに殺されるか、何もないまま飢えて終わる。無理やり奪い合うだけの世界から、どうしても逃げたかった。せめて、自分の手で何かを掴んで、死にたかった」
エヴァレットは、黙って話を聞いていた。
「だから来た。この街に。まっとうな仕事して、金を稼いでやるって決めた。……ガキでもできることがあるだろうって思った」
「立派な目的だ」
「人に指図されて生きるくらいなら、間違えてでも自分で選ぶ方がマシだ。」
エヴァレットは静かに、スプーンを置く。
「君が何歳か知らないが、十分すぎるくらいに“まっとう”だよ」
セレスタイトはわずかに目を丸くしてから、すぐに視線を逸らした。
「……バカにしてんのか」
「してない。むしろ感心してる。私が君くらいの年齢だった頃は、もう少し、世の中を舐めてた気がする」
「ふーん……」
そう言って、セレスタイトはようやくスープに口をつけた。熱かったのか、少しだけ眉をひそめて息をふっと吹きかける。
その様子を見て、エヴァレットがくすりと笑う。
「猫舌か」
「うるせぇ」
店内には、穏やかな時間が流れていた。この直後、地獄が始まるとも知らずに――
ガラスが砕け、壁がえぐれ、悲鳴が重なるより早く、店内は地獄に変わった。
「――伏せろッ!」
エヴァレットの怒号と共に、セレスタイトの腕が反射的にテーブルの下へ飛び込む。
木片、ガラス片、銃弾が飛び交う中、エヴァレットは懐から拳銃を抜き、銃撃に応戦。
「人数は十四。まあ、随分と分かりやすい殺意だ。囲まれてる、きっちりと」
エヴァレットの声は冷静だった。だが、その声色の奥に、鋭い戦慄が走っていた。
「……なんでそんなに多いんだよ……!」
セレスタイトの叫びに、エヴァレットは短く答えた。
「私の首は、いつも高く売れるんだよ」
カフェの壁が崩れ、敵が一斉に雪崩れ込む。
一人目――
エヴァレットは片膝をつき、正確に眉間を撃ち抜く。
二人目、三人目――
反対側の窓から入ってきた敵に向け、銃弾を三連発。
一人は倒れ、一人は肩をかすめて逃した。
「セレスタイト、奥の厨房まで下がれ!」
「命令するな!!」
少年は怒鳴り返した。
次の瞬間、隠していた拳銃を両手で構え――
真横から飛び込んできた暗殺者の喉を、迷いなく撃ち抜いた。
返り血が少年の頬に飛ぶ。
だが、彼の目は、一切揺れなかった。
「……三体目」
セレスタイトは自分に言い聞かせるように呟いた。
その姿を一瞬だけ視界に捉え、エヴァレットが低く息を漏らす。
「……それ、どこで手に入れた」
「拾った」
「どこで」
「俺がいた街。あそこじゃ、銃を持ってないやつから死んでくんだよ」
「……まるで、大人の台詞だな」
「子どもじゃ、生きられねえ場所だったんだよ」
左から回り込んできた敵が、ナイフを抜く。
その刹那――
セレスタイトは転がるように足元へ滑り込み、至近距離から腹部を撃ち抜いた。
一瞬遅れて、後方から一人が迫る――
セレスタイトは肩越しに銃を向け、後ろの男の足を撃ち抜く。
倒れた男に、容赦なく頭へもう一発。即死。
「五体目。あと二体。俺の分」
エヴァレットが小声で呟く。
「……本当に、君はただの子どもなのか?」
「それ、今言うことじゃねぇだろ!」
厨房側から敵が流れ込む。皿の割れる音。テーブルが吹き飛ぶ。
セレスタイトは包丁棚の陰に飛び込み、目にも留まらぬ速さで射撃。
ナイフを持った男が立ち塞がる――撃たずに、躱した。
腰を落とし、床を滑って背後に回り込むと、男の首筋に銃口を押し付け、ためらわず引き金を引いた。
耳が、痛い。
けれど、止まらない。
「……六体目」
最後の一人に近づいたとき――背後から銃声。
撃たれた、と思った。だが痛みはなかった。
振り返ると――エヴァレットの銃が煙を吐いていた。
「……援護だ。あとは任せる」
「お前が言う前に、終わらせるつもりだったけどな」
セレスタイトは――
撃たれた男がよろめいたその隙に、カフェの鉄鍋を思いきり振り抜いて叩きつけた。
ドス、と重たい音。
沈黙。
七体目。
気づけば、店内に立っている敵は残りわずか。
だが、そのうちの二人が火炎瓶を構えていた。
エヴァレットはそれを見逃さない。
「伏せろ、セレスタイト!!」
爆発音。火柱。ガラスの粉塵。
熱風に吹き飛ばされ、耳が一瞬、聞こえなくなる。
目を開けると――
エヴァレットが自分の上に覆いかぶさっていた。
「……無事か」
「お前……!」
目が焼けるように熱いのは、火のせいだけじゃなかった。
銃弾は、尽きた。
けれど、立ち上がる。
鍋、包丁、壊れた椅子。
ありとあらゆるものを武器にして――
セレスタイトは、最後の一人の喉元に包丁を突き立てた。
敵は全滅した。
14人中、7人は、セレスタイトが倒した。
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