便利屋イグニート
文ノ雪
第一章 火に照らされる陰謀
爆炎の白い魔法使い
時刻は夜21時。星一つもない真っ暗な空に対し、そこは広告や店の看板を照らすネオンの光によりギラギラと街を照らし、夜遅くにも関わらず多くの人々が集い賑わいを見せいている。
フライハイト。ここグロリア帝国の帝都マレスにおける最大規模を誇る歓楽街。酒場、カジノ、風俗といった様々な店が建ち並び、老若男女問わず多くの者たちが様々な目的を持って集う。遊びと刺激を求める者にとってまさに楽園というにふさわしい場所だ。
だが、光が増すごとに影が大きくなるように、この街には多くの問題を抱えている。旅行者を狙った窃盗団、違法的な営業を行う裏カジノや違法風俗、それらを取り締まるギャンググループ…数えてたらキリがないほどだ。それらを取り締まる治安組織もあるが、対処に追いついていないのが現実であり、事件や抗争が発生し死人がでることなど日常になりつつある。
「ハァ…ハァ…どけ!道を開けろ!」
そしてまた、犯罪に手を出した一人の男が通行人を跳ね除け必死に表通りを走る。その姿はどこかみすぼらしく、絵にかいたような浮浪者の風貌をだしていた。名はレミー、ここフライハイトでスリを横行していた犯罪者だ。
「待て!逃がさねぇよ!」
そして、その後ろには黒いスポブラとスパッツの上に白い上着を羽織った女が男を追っている。背丈はやや高く、肩まで伸ばした亜麻色の髪がなびく。
「ちくしょう!いい加減しつこいぞ!」
レミーは近くにあったゴミ箱を蹴り倒した。中に入っていたゴミが地面に散らばり道を塞ぐ、時間稼ぎを試みるつもりだ。
「まったく…少しは掃除する人の気持ちを考えろ!」
呆れた様子で呟きながら彼女は素早くジャンプし楽々と飛び越える。
「これはお返しだ!受け取れ!」
更に地面に転がった空き缶を男の頭を目掛け蹴り飛ばした。
「グハッ!?」
空き缶は見事に命中。レミーは思わぬ攻撃を食らったことで一瞬ふらつくもそのまま道を曲がり別方向へと逃げ去った。
「こっから先は確か行き止まり。となるとそろそろ本番…ってとこか」
彼女は裏路地に続く道へ先に進む。きらびやかで賑やかな表通りから一変し、薄暗く不気味な雰囲気が漂い、道端で浮浪者が横たわっている。一般人であれば裏路地に足を踏み入れようなどと考える者はいない、家を失い寝床も行き場もない者やギャングなどの溜り場だ。いわゆる帝都の危険地帯であり、ましてや夜となれば命を失うこともあり得る。
だが、彼女は恐れる様子もなくひたすら歩き続けると少し開けた場所へとたどり着く。そこには先ほど追いかけていた男が立ち尽くしていた。息使いが荒く既に体力も限界といったところか。
「ようやく追いついたぞ、そろそろ観念したらどうだ。名は確か…レミーさんだったかな、これ以上逃げてもいずれ捕まるぞ」
「ハァ…ハァ…まさか、名前までバレていたとは…何者だ?見たところ警察ではなさそうだが…」
そう聞かれた彼女はローブの懐から一枚の名刺を取り出しレミーに見せつける。
『便利屋イグニート 所長
オリビア・イグニート』
「ここ最近でスリが多発していると報告があってな、客から調査および首謀者の捕縛をするよう頼まれてるんだ」
彼女…オリビアはそう言うと名刺を元の場所へと戻した。便利屋イグニート、文字通りどんな仕事も幅広く行う何でも屋だ。数日前、フライハイト内で横行しているスリを捕らえるよう依頼されたオリビアは活動時間や犯人の特徴をしぼりあげた。
そして顔や名前だけでなく行動箇所の特定も済ませ、待ち伏せしレミーを見つけた結果、追いかけっこが始まったわけだ。
「便利屋イグニート…か、噂は聞いたことあるがまさか俺をつけ狙っていたとは…」
「そういうこと、既に顔は割れてるんだ諦めてお縄につきな」
「冗談じゃねぇ!俺はもうこうでもしねぇと生きていけねぇんだよ…こうなったらお前をぶっ倒してやる!」
そう言うとレミーは近くに落ちていたパイプを拾い上げオリビアへ襲い掛かる。
「やっぱりそう来るか」
だが、オリビアは慌てる様子を見せない、便利屋はこうした状況にも慣れている。男はパイプを必死に振り回すがオリビアは全て回避し続ける。先ほどまで走り続けたのもあってかレミーはすぐに息を切らし始めると、ずっと守勢にでてたオリビアはすかさずパイプの持ち手を蹴り上げた。
「グワッ…しまっ…!」
「生憎、こうしたトラブルの対処にも慣れててな。先に手を出して来た以上少し痛い目に遭ってもらうぞ!」
うめき声と同時にパイプを手から離した瞬間、オリビアはすぐに男の懐に入り体を屈み懐に入った。
「オラァッ!!」
そしてレミーの腹に強烈な拳の突きが入った。まともに防げなかった男は勢いそのまま吹き飛び壁に叩きつけられ地に落ちた。オリビアはレミーに近づき倒れてる男に話しかける。
「ガハッ…ち、ちくしょう…」
「大人しくしな、これ以上痛い目には遭いたくないだろ?」
「…こうなったら!」
次の瞬間、レミーの右手が強く発光し雷めいた、否、実際に雷を纏っている。
(魔法だと!?それもこれだけの力を…ッ!)
レミーはすぐさま雷を纏った拳で殴りかかる。いくつもの戦闘を経験したオリビアだが、今の距離から避けるのは不可能。
「食らえッ!!」
このまま腹めがけ振り落とされる…はずだった。
「オラァ!!」
「なっ!?」
それとほぼ同時に、オリビアの右手拳が衝突し合うように受け止めた。当然ながらまともに食らえば無事では済まない、右腕ごと消し飛んでも不思議ではない。
だが、オリビアの右手は無事、それどころかしっかりと受け止めていた!その光景を前にレミーが驚きの声を出した次の瞬間。
「爆ぜろッ!」
オリビアの一声と共に、強烈な爆炎が発生した。
「ウグアーッ!?」
爆炎は雷を対消滅させ、一方でレミーはその爆炎の衝撃により再び吹っ飛ばされてしまった。
「正直びっくりしたよ、まさかあれほどの魔法を扱えるなんてな」
先の衝撃の影響か着けていた手袋が破け、そこには手の甲にひし形の赤く光る宝石が埋め込まれた右手が露わになった。宝石は赤く輝いている。
「嘘だろ…あれを防いだというのか…!?」
「ん?あぁ、こういう戦闘には慣れててね、コツさえ掴めば魔法を打ち消すことも他愛もない」
渾身の一撃が止められたことにレミーは驚愕しを隠せていない。そんな様子を気にすることなくオリビアは近づき、レミーの身体の調べあげ財布を取り上げた。彼が今日盗んだ物だ。
「これは持ち主の所に返させてもらう。それと連行させる…前に」
そう言いながらレミーの身体に触れ、軽く魔力を込めた。何をするのかわからずレミーは身構えるが、その瞬間、体中に感じていた痛みに怪我が治っていくのを目にする。
「回復魔法…?あんた、あの爆炎だけでなく回復までできるのか!?」
「ん?あー、まぁそうだね。白魔法全般は大抵使えるかな」
白魔法、それは回復や防御といった支援を目的とした魔法の総称であり、レミーの身体が回復したのはオリビアの白魔法によるものだ。
「…なんで回復したんだ?やる必要なんてなかったはず」
「あんたはスリ常習犯の犯罪者だ。でも、だからってぞんざいに扱っていいわけないだろう?」
レミーは唖然とした様子でオリビアの話を聞いていた。今の時代、レミーのような大した力もなければ地位も、金も、居場所もない者など、表社会は当然の事、裏路地でさえ居場所はなく、淘汰される存在。
そんな彼にとって、オリビアの優しさは身に染みた。
「…今までスリするために必死に頭を使ってたことが馬鹿らしく思えてしまったよ…やっぱどうしようもねぇよ…俺は…」
「そんなわけねぇよ。自分のやってきた犯罪をアンタは間違ってたと気づいたんだろう?ならまだやり直しは効くさ。ほら、立てるか?大人しく後をついて来な。ぼさっとしてギャングに目をつけられたら面倒だし」
そい言って背中を叩き、腕を支えながらレミーを立ち上がら、オリビアは裏路地からでようと歩き出した。
「なぁ!オリビアさん…だったか?」
「ん?なんだ?」
レミーの声に反応し、オリビアは足を止める。
「あんた…便利屋なんだろ?多分俺は…しばらくブタ箱に入れられる。おそらく数年、下手したら十年以上…」
思い悩むような顔つきで話続けるレミーを、オリビアは静かに聞き入れる。しばらく間を開けたのち、決意を決めた表情でオリビアに目を向けた。
「だから、もし出頭した暁には、依頼としてオレの職場を探すのを手伝ってくれねぇか!図々しいのは承知の上だとわかってる、でも俺は!裏路地からやり直してぇんだ!まっとうに人として生きていきたいんだ!だから…!」
その時、レミーの手元に一枚の紙が投げ渡された。それは、先ほどオリビアが見せつけた便利屋イグニートの名刺だ。
「もし出てきたらそれを見せてうちの所に来な。ツテはいくらかあるし、その時は安くサービスもつけておくよ」
「…!ありがとうございます!絶対に更生して、貴女のところに行きます!」
「あぁ、便利屋イグニートは困ってる人の味方だ。いつでもご利用を舞っているよ」
その言葉にレミーの目から涙が流れだし、深く頭を下げた。その様子を見たオリビアはニッコリと笑いレミーを連れながら、表通りに向け歩き出した。
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