女性ものの洋服を買いに行こう

 今日はショッピングモールに来ている。

 目的? 女物の服と化粧品だ。

 一応言っておくが、本格的に女装に目覚めたわけじゃないぞ。

 必要に迫られてのことだ。


 美咲と一緒に出かけるにあたって、私服でも女装をする必要が出てきたわけだ。

 普段はバイト先でしか女装しないから、女物の私服なんて持っているわけがない。


 それに当然、化粧品もいる。アリスは「お店にあるものを使っていいデスよ?」なんて言ってくれたけど、さすがにそれは申し訳なくて遠慮した。


 まあ、化粧品については目途がついている。

 お店で使っているのと同じやつを買えばいいからだ。

 ただバイトでそこそこ稼いでるとはいえ、高校生の財布には地味に痛かった。

 化粧品って、地味に高いんだよな……。


 でも、しょうがない。これも必要経費だ。

 問題は――服だ。


 女性ものの服なんて、どれを買えばいいのかさっぱりわからない。バイトで女装してるなら多少は知識も身についてそうなものだけど、残念ながら現実は甘くない。

 制服は支給品だったし、自前で選んだ経験なんて皆無だ。

 なわけで、今日は特別ゲストを呼んでいる!


「アリスさん」


「お待たせデス!」


「大丈夫です。今来たところです」


 ――というわけで、合流したのは頼れる助っ人、アリスさんだ。

 料理の腕は壊滅的だけど、洋服のデザインセンスは超一流。以前、アリスが考えたメイド服のデザイン案を見せてもらったことがあるけど、あれは本当にすごかった。


 魅力的で、可愛くて、それでいて妙に完成度が高いものがいっぱいだった。あのセンスがあれば、イラストレーターとかでも活躍できるんじゃないか?

 ほんと、頼りにしてます。


「しかし、アリスさんの私服、改めて見ましたけど……すごく似合ってますね」


「ありがとうございマス。 なんか私も、こうしてユウちゃんの私服姿を見るのは新鮮デスね」


 アリスの服は、彼女の明るくて快活な雰囲気にピッタリだ。さすがというべきか、オシャレ度が桁違いに高い。


「あの、とりあえずお店に行きましょうか」


「オッケーデス!」


 こうしてアリスと並んでショッピングモール内を歩き始めたわけだが……すれ違うたびに、周囲の人たちがチラチラとアリスを見ていく。


頻繁に会ってる俺はもう感覚がマヒしかけてるけど、アリスはとんでもない美人だ。

うん、本当に見た目は。見た目は、ね。





「おっ、ユウちゃん。ここのお店オススメデス!」


 アリスが元気よく指差した先――そこはもう、女性ものしかありませんって感じの洋服屋だった。


 店の外観からしてフリフリ感が漂っているし、店内に入ればピンクやらレースやらリボンやらが全力で攻めてくる。いや、これは男一人じゃ入れない世界だわ……。


 店に入ると案の定、店員さんの視線がチラチラと刺さる。

 うわあ……なんだこの場違い感。

 アリスがいなかったら、速攻で退店してる。


「これとかどうデス?」


 アリスが手に取ったのは、これまた見事にフリフリ全開の可愛い系ワンピースだった。


「いや、これはちょっと……可愛すぎじゃないですかね?」


「そうデスか? ユウちゃんに似合いそうだと思いマスよ?」


 そう言いながら、アリスはスマホを取り出して何やら操作を始める。


「どうデス?」


「……おお、たしかに似合いますね」


 スマホの画面には、女装姿の俺がそのフリフリワンピースを着こなしている姿が映っていた。合成とはいえ、意外としっくりきているのがまた悔しい。

 ――って、いやいやいや!


「アリスさん!」


「どうしました?」


 きょとんとした顔のアリス。


「この写真、どこで撮ったんですか?」


「それは……」


 アリスは視線をそらして誤魔化した。


「いやいや、隠し撮りなんかしてないで、ちゃんと仕事してくださいよ!」


「そんなことはどうでもいいんデス! さあ早く服を買いまショウ!」


「そ、そうですね……」


 アリスの迫力におされてしまった。

 購入しようと値段を見る。

 そして、値札を見て俺は絶句した。

(えっ……ゼロ一個多くない?)


「アリスさん、すみません。これ完全に予算オーバーです……」


「そうデスかぁ……ユウちゃん、いつも頑張ってくれてるので、私が買ってあげマスよ?」


「いや、それはさすがに勘弁してください!」


 服選びに付き合ってもらった上に、おごってもらうのは申し訳なさすぎる。

 アリスは「うーん」としばし唸り――


「これとかどうデスかね?」


 次にアリスが選んだ服は、さっきとはだいぶイメージが違う。

 フリフリ全開ではなく、どちらかと言えばジェンダーレス寄りのデザイン。可愛さは残しつつも、どこか中性的な雰囲気が漂っている。


 脳内で女装姿の自分がそれを着こなしているイメージを浮かべる。うん、悪くない。いや、むしろ結構似合ってるんじゃないか?

 値段を見てもこれなら、手が出せそうだ。


「うん、これいいですね。買います!」


「待ってくだサイ。試着しまショウ」


「えっ!? 今の俺が着るの、ハードル高くないですか!?」


 素の男姿で女性服を試着するって、想像以上にキツい

 女装してるときならともかく、今の状態でそれは精神的ダメージが大きい。


「のんのん♪ これなら男性が着てもそんなに違和感ないデスよ?」


「そ、そうかな……?」


 ちょっと弱気になる俺に、アリスが畳み掛けるように言葉を続ける。


「サイズが合わないと、可愛く着こなせないデスよ?」


 ――うっ、それを言われると反論できない。確かに、サイズ感は重要だ。

 体形で男だとバレる恐れもある。


「……わかりました」


 腹をくくって試着室に入る。着替え自体は案外スムーズに終わった。

 鏡に映る姿も、想像よりは悪くない。むしろ……わりとイケてる?

 試着を終えて、そのままレジへと向かう。


「あれ? 悠馬?」


 背後から声をかけられて振り向くと、そこにいたのは――吉田だった。

 制服姿ってことは、部活帰りらしい。よく見ると、後ろには他のサッカー部の連中もチラホラいる。


「おう、こんなところで奇遇だな」


「お前こそ、なんでここに? それに女性ものの洋服なんて買って……?」


 ――あっ。

 すっかり忘れてた。今、俺、女性ものの服を買おうとしてたんだった。


「もしかして……女装に目覚めたのか?」


「ななな、なわけねぇだろ!」


「じゃあどうしてだ?」


「そ、そりゃあアレだ。義妹へのプレゼントだ!」


「世の中のどこに妹に洋服をプレゼントする兄貴がいるんだよ!」


「少なくてもここにいるんじゃないのかなぁ」


 苦し紛れの言い訳をしていると、吉田がふと周囲を見渡す。


「ところで、お前一人できたのか?」


「いや、バイト先の知り合いと……」


 そう言って、俺はアリスの方を指さした。


「なっ!?」


 吉田は目を見開き、息を呑む。


「貴様ぁぁ! そんな美人と一緒に買い物だと!? 羨ましいぞ!」


アリスを見た吉田は血の涙を流しながら、俺に掴みかかってくる。


「おい、やめろ離れろ」


 吉田のテンションに呆れていると、そのやり取りに気付いたアリスが近づいてくる。

いや待て、これはマズい!


「ユウちゃんのクラスメイトデス?」


「は、はい。悠馬君の大親友の吉田です。悠馬くんとは幼稚園からの中でして」


何言ってんだ?

中学校からの付き合いじゃねえか。

というか、このままこの2人を話し続けさせるわけにはいかない。


「なるほどデス。わたし――」


「あー吉田! サッカー部の奴、待たせてねえか!?」


 慌てて会話を遮る俺。そう、メイドカフェのことなんて喋らせるわけにはいかない!


「あっ、そ、そうだな……」


 名残惜しそうにしつつも、吉田はサッカー部の面々がいる方へ去っていった。

 ふぅ、なんとか切り抜けた……。


「ちょっとアリスさん! クラスメイトに俺のこと話さないでくださいよ!」


「だめデスか?」


「いや、察してくださいよ! 俺が女装してメイド喫茶でバイトしてるなんて知られたら、シャレにならないんですって!」


「いいじゃないデスか、クラスメイトのアイドルになりますよ?」


「面倒事はごめんですって……!」


 そもそも俺が女装して働いてることがバレたら絶対に面倒くさいことになるのはわかる。


「ん〜、ユウちゃんの可愛さが広まるのは良いことだと思うのデスけどねぇ」


 名残惜しそうに呟くアリス。

 その後は、そのままアリスと一緒にお店をぶらついたりして帰った。

 まあ、そのことについてはまた今度話そう。

 

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