バイト中に義妹と遭遇したんだけど

今日は土曜日。


青春を謳歌する高校生なら――

友達と遊んだり、恋人とイチャついたり、部活で汗を流したりしてるんだろうが――

俺は仕事だ。


最近アリスから「働きすぎダメ!」と注意を受けているが、仕方ない。

こちとらお金が必要なのだ。


まあ実際、俺はお客さんをそこそこ呼んで売上に貢献してるし、店的には悪くない……はず。

きっと店長もアリスも内心では感謝してるに違いない。


とはいえだ。

常連のお客さんだって、そう毎日来られるわけじゃない。


ここ『ウォーターガーデン』の料金は、都内のメイドカフェとしてはそこまで高くはない。

だけど毎日通ってたら、普通の社会人でも財布が死ぬ。


世の中には、色恋営業でお客さんから搾れるだけ搾って破産させるヤバい店もあるけど――

うちではそれ、完全アウトである。


理由はシンプル。

まず第一に、メイドの安全のため。

お客さんが破産して逆恨みでもされた日には、メイドさんが刺されてしまうなんてことも。

現場が修羅場になるのは困るのだ。命大事に。


だからうちは一人のお客さんからガッツリ巻き上げるより、広く浅くたくさんのお客さんを呼ぶ方針。

……となると、やっぱり大事なのは呼び込みである。


もちろん、メインは接客だが、ビラ配りも立派な仕事のひとつだ。

というわけで今の俺は、メイド服のままビラ配り中。


「ご来店お待ちしてます♪」


慣れた営業スマイルで、通行人にビラを手渡していく。


チラっとは見てくれる人もいる。

でも――受け取ってそのまま去っていく人がほとんどだ。


(……まあ、そりゃそうだよな)

基本、興味ある人は自分から勝手に店に来る。

道端でのビラ配りは、ぶっちゃけ存在アピールくらいの意味合いが強い。


「とはいえ、本当にさっぱりだ……」


今日は新規のお客さんを引っ張り込める雰囲気はない。

まあ、こういう日もある。

メイド営業の世界も、楽じゃないのだ。


「まあ、もうちょい頑張るか……」


そう言って、場所を変えたりして、ビラを配り始めた。

あんまり効果はなさそうだけど。。





悪い予感は、よく当たるもので――。

あれから一時間ほどチラシを配り続けていたが、新規のお客さんはまったく掴めそうにない。

まあ、このままだらだらと配っているよりはか、もうお店に戻った方がいいだろう。


「……そろそろ帰りますかねー」


そう呟いてふと向かいの通りに目を向けた瞬間、見覚えのある姿を見つけた。

あの黒髪ポニーテールで妙にラフな私服姿。

普段の姿とは違うけど、見間違えるわけがない。


毎日家で見てる義妹・美咲その人である。

……なんであいつがここに!?

いや、待て。冷静になれ俺。


ここら辺は、コンカフェやメイドカフェが軒を連ねる、場所なんだけど?

まさか、美咲にそういう趣味が?

だが、問題はそこじゃなかった。


美咲の近くには、見るからにチャラそうな金髪男がぴったり張り付いている。

しつこく声をかけているその様子――

ナンパ確定。


美咲の方も困った表情を浮かべている。

完全に助けを求めている目だ。


周囲の通行人たちはチラチラと状況を見てはいるが、誰も助けに入らない。

……まあ、下手に関わってトラブルに巻き込まれるのも嫌だしな。

現代社会のリアルだ。


一瞬だけ、俺も考えた。

(……下手に関わらない方がいいか?)


怪我をするのが怖いわけじゃない。

問題は――

正体バレである。


普段の俺の姿とは全く違う、今のユウちゃん状態。

バレたらめちゃくちゃややこしい。

だが――すぐに心は決まった。


たしかに、美咲とはまだそんなに親しくない。

家でもたまに顔を合わせる程度で、会話もぎこちないままだ。

でも――親父の大事な人の娘だ。


美咲に何かあって、親父と亜紀さんの幸せを、壊すわけにはいかない。

それに今の俺は、完璧な女装メイド仕様。

ウィッグもあるし、メイクもバッチリ。

バレるわけがない。

ビラ配りの手を止め、一気にダッシュで美咲の元へ駆け寄った。

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