第8話『対人戦の基本』
「『敗北の聖女』……?」
「ンそうとも。人間どもの掌返しときたら、まあひどいものよ。
送り出すときは『勝利の聖女』などともてはやしていたというのに……頑張ったんだよなあ、リリアナ? 貴様なりに。
軍を率い、精鋭を束ね、幾多の我らが同胞を葬ってきたというのに、たった一人……魔王様その人を取り逃がしたというだけで、敗北者扱いとは」
くつくつとスペルヴィアが嫌らしい笑いをこぼす。
「ンとはいえ、仕方のないことだ。いくら我らを討とうとも、魔王様を
「魔王を殺さない限り、魔族はいくらでも復活できるってことか?」
「ンさてな。そこまで教えてやる義理はない」
チッ、そう簡単に口を滑らせてはくれないか。
俺はここまで得た情報から導き出した推測を口にした。
「お前たち魔族は、異世界――こことは違う、別の世界から来た。
で、リリアナはお前たちを追ってきた。そうだな?」
「おお! ン原住民にしては知恵が働くではないか! これは使役しがいがありそうだ。いい奴隷になる!
……ンその通りだ。我らが魔王様は人間どもとの戦いに見事勝利し、半年ほど前からこの世界の侵略に乗り出されたのだよ」
やっぱりそうか。
ということは、この世界に起こった異変も、リリアナたち異世界勢力が来たことに起因すると見てよさそうだ。
「ん? 半年前から魔王はこの世界にいたのか?」
「ンそうとも。世界を渡る
くっくっく、貴様らのような下等種族には思いもよらぬ偉業であろう?」
自慢げに話しているが、こいつは自分の論理が破綻していることに気づいていないらしい。
「で、
「ンさっきから細かいことばかり聞いてきおって。なにが言いたいのだ」
俺はフンと鼻を鳴らしてみせた。
「普通の軍隊ならな、侵略先に一番乗りするのは下っ端だって相場が決まってる。
当たり前だよな? 後続のお偉いさんがたの安全を確保しなきゃならないんだから。
だが、お前たちは違う。
ここまで言えばわかるよな?」
余裕しゃくしゃくだったスペルヴィアの顔に、さっと朱が差した。
「ン貴様……」
「魔王軍は侵略軍なんかじゃない。ただの段階的に撤退してきた敗走軍だ。
異世界の人類にボコられて、偉大なる魔王様は命からがらこの世界に逃げ込んできたんだろ?
なにも知らない
「ン黙れ黙れ黙れ! 許さんぞ! 野蛮な土人風情が、我らを侮辱するか!!」
「図星か」
「【
こちらに手をかざし、スペルヴィアが怒鳴る。
直後、カッと閃光が走った。
(ここはあえて受ける)
俺は『
ズドン!!
「ぐっ!」
衝撃。
腹の底に、ナイフが突き刺さったような痛みを覚える。
いちおう構えてはいたが、足の踏ん張りが効かず、ズザザーと滑って壁に叩きつけられた。
(耐久値200が一発で全損かよ! ふざけやがって……)
舌打ちしながら、俺はしびれた腕の震えを押さえつける。
スペルヴィアの攻撃を受けた『
左上のHPバーは、4分の1ほどが削られていた。
(あの雷撃。ガレスの『エクスカリバー』並みの威力!
だが、隣の駅まで行って帰ってこれるくらい長い予備動作がある『エクスカリバー』と、ジャブみたいな感覚で撃てる【
怖い。だが、やるしかない。
俺は即座に『ヴェノムナイフ』を装備し、溜まっていたスキルポイントを消費して、いくつかのスキルをとったあと、残りをすべて
(よし。
そのとき、クエストウィンドウがポップする。
◯ ◯ ◯
クエスト:【
特別報酬ミッション:リリアナおよび民間人の犠牲を出さない。
チャレンジしますか? YES/NO
◯ ◯ ◯
思考すらせずにイエス。
初の新モンス討伐イベだ。
どんな報酬が出るか、想像するだけで胸が踊る。
「ふはははは! ン我が雷光、避けることすら叶わぬようだな、原住民! ならば、この一撃であの世にいくがいい! 【
カッと閃光が瞬く。
続いて、鼓膜を突き刺すような爆発音。
崩れかかっていた八階の天井が、大規模に崩落した。
リリアナが絶叫する。
「ギシロー様――!」
「ン嘆く
その小賢しい結界が破れるまで、じわじわと炙り殺して――」
ザクッッ!
隙だらけの背中を晒していたスペルヴィアの心臓を、後ろから突き刺す。
正確には、心臓がありそうな位置を。
「がっ……! な、なぜ」
(よし、決まった!)
俺がさっき取得したスキルは3つ。
一つは『
土煙などで、視覚的に姿を隠せれば、たとえ戦闘中であっても、未発見状態に移行できるスキル。
二つ目は『
未発見状態で敵に与えたダメージとよろけ値の蓄積が、一度だけ5倍になるスキル。
三つ目は『
未発見状態中は、移動速度が2倍になるスキル。
これらを組み合わせた暗殺特化の通称『
RTA的に最適解かどうかというと、議論が分かれるところだが、初見の相手にはだいたいこれでいい。
「俺からはあれこれ聞いといて悪いが、秘密だ」
「ぐあっ!」
背中に突き刺したナイフを、肩口まで斬り上げ、蹴り倒す。
膝をついたスペルヴィアには、感覚的に『痛撃』が叩き込めた。
どうやら、『よろけ』の判定になるらしい。
異世界の住人であっても、『ホロクラ』のシステムは有効なようだ。
「お――のれ。おのれおのれおのれ! 殺してやる! 殺してやるぞ!
【
口角から泡を吹くほど激昂したスペルヴィアが、矢継ぎ早に雷撃を連打してくる。
(だから、
無敵時間の大きい前転回避を行うまでもない。
俺はトントンとステップするだけで、すべての雷を無敵でやり過ごした。
心臓はバクバクと暴れまくっていて、今にも口から飛び出しそうだったが、努めて涼しい顔をつくる。
リリアナとスペルヴィアが、驚愕に目を丸くした。
「すごい……」
「ンバカな! なぜ我が雷光が当たらぬ!?」
「4
「なに?」
「閃光が光ってから4F後(0.06秒後)に無敵時間を重ねれば、お前の攻撃は避けられる」
「なにを言っている!?」
「さあな」
これが、さっき、『
ピカッと光ってから、手甲に衝撃が来るまでの時間を体感で計っただけだが、
(猶予4Fなんて、見てからシャワー浴びて身体拭いても間に合うっつーの)
こちとら1Fの世界でしのぎを削ってきてるんだからな。
(とはいえ)
「ンならば、これはどうだ! 【
天井全体を黒い雲が覆ったかと思うと、断続的な雷撃が降り注ぐ。
豪雨のような雷の矢が、タイルを砕き、建物を震わせる。
(別の攻撃をされると鬱陶しいんだよなあ)
この手の攻撃で厄介なのは、俺には当たらない場所への落雷も、同様に発光することだ。
反射的に回避すると、かえって被弾のリスクを増やすことになる。
(また【
わずかにそんな考えが浮かんだが、すぐに打ち消す。
見切られたと知った以上、もうあんな単純な魔法は撃ってこないだろう。
(検証だ。この攻撃がオートなのか、それともマニュアルなのか)
俺は意識の半分を上空からの落雷に割きながら、スペルヴィアへ一歩踏み込んだ。
「っ!」
あからさまに慌てた様子を見せるスペルヴィア。
同時に、俺と奴の間を隔てる床に、集中的に雷が落ちた。
(やっぱりな。マニュアルだ)
完全なランダムにしては、着弾のパターンが少なすぎると思っていた。
飛び退いて避けてから、またスペルヴィアへ直進する。
予想通りのタイミングで降ってきた集中攻撃を、余裕をもって回避。
あと一呼吸。
あと一呼吸で、奴の喉首に刃が届く。
「くっ、来るな! 来るなああああ!」
恐怖に顔を歪めたスペルヴィアが、裏返った声で絶叫した。
ズドドドドドド!
全範囲一斉掃射。
前も見えないくらいの弾幕が撒き散らされる。
轟音と閃光で、とうとう視覚と聴覚がバカになった。
世界が真っ白に塗り潰され、キーンという耳鳴りだけが聞こえてくる。
(問題ない。
奴がどこにいるかなんて、見えなくても、聞こえなくてもわかる。
(身体が軽い。『
それに気づいてからは一瞬だった。
前後左右、あらゆる方向から飛んでくる雷撃を最小限の動作で回避し、スペルヴィアへ肉薄する。
「――――!」
何事か喚きながら、スペルヴィアが魔法を放った――と思う。そんな衝撃が伝わってきた。
(二度もバカ正直に背後取ると思うなよ)
こんなのは対人戦の基本のキだ。
俺は後ろを向いているであろうスペルヴィアの正面から、喉笛を掻き切った。
無音の静寂の中、なぜか荘厳なSEが響き渡り、優美なフォントの文字列が出現する。
『
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