第6話『布石』

「グルルァ!」


 ガキィン!!


 唸り声とともに飛びかかってきた黒のオオカミ・アルゴスの爪を、パリィで弾く。


 こいつの攻撃は、今の俺だと一撃で即死するレベルの大火力だ。

 だが、ディレイもフェイントもかけてこないので、一部界隈では『癒やし枠』などと揶揄されている。


 アルゴス単品なら、正直目をつぶっていても余裕で勝てるのだが、

 

「ルルルル……」


 白のオオカミ・ライカオンが、よだれの滴る口から、青白いブレスを放ってきた。

 パリィをとり、ちょうどアルゴスに一発入れたくなる、嫌らしいタイミングでの差し込み。


 微妙に弾速が遅く、おまけに追尾までしてくるので、


「ガルルル!」


 うまいこと、体勢を整えたアルゴスの重撃と重なり、対処が難しくなる。

 初見だと、まずこの連携だけでハメ殺されて一乙必至だ。

 が、逆に言えば、対処法さえ知っていれば、なんとでもなる。

 

「よっと」


 ブオン!


 大木をもへし折れそうなアルゴスの前足をかいくぐり、その背後に回り込む。

 すると、黒狼の巨体が盾となり、ライカオンのブレスを阻んでくれた。


 ボン!


「ギャン!」

 

 同じ要領で、二度、三度と前転回避を繰り返し、アルゴスにダメージを蓄積していく。

 これだけで倒せれば、楽できていいんだが……。


「ゴアアアアア――!」


 5回目のブレスを直撃させたところで、アルゴスがブチ切れた。

 耳をろうする大音声だいおんじょうとともに、全身から金色のオーラが立ち上り、体毛も同じく黄金に染まる。

 正式名称は『激昂状態』通称『スーパーサイヤ人』だ。


(やっぱマルチ仕様になるか。こっちはソロで戦ってたってのに)

 

 俺は心のなかで毒づく。

 怒るなら、フレンドリーファイアをしてきたライカオンに怒ってほしいところだが、残念ながら、そんな理屈は通用しない。

 

 ポスン……


 アルゴスの背中に、ブレスの余りが直撃するも、小揺るぎもしない。

 こうなってしまうと、今までの戦法は通用しなくなるわけだ。


「ゴアルルル!」


「リリアナ! そっち行くぞ!」


「は、はい!」

 

 加えて、行動パターンも大きく変化する。

 ここまで戦ってきた俺をガン無視し、アルゴスは猛り狂いながらリリアナたちのほうへ飛んでいった。


 マルチプレイだと、サイヤ人化したアルゴスは、徹底的にHPが低いプレイヤーを狙い続けるようになる。

 この場合、戦闘力が低い生き残りたちを優先して攻撃するわけだ。


 ちなみに、ソロプレイの場合、アルゴスはサイヤ人化しない。

『一人のほうが早い』と言ったのは、別にイキリでもかっこつけでもなく、単なる事実だ。

 

「――お任せを!」

 

 爪を振りかざすアルゴスへ、リリアナが詠唱を紡ぐ。


「【踏み入るがいい、不浄なる者どもミアス・マトスさすれば白き天秤のアリン=ハリアル――】」


 青白い燐光を放つ魔法陣が、リリアナたちの足元に展開し、そこから白い光の柱が伸びる。


 柱にアルゴスの爪が触れた瞬間、地面から金色の鎖が何本も走り、黒狼の肢体を拘束した。 


「――【厳なる裁きが下るであろうリブラ・クリマ・セムノン】!」

 

 リリアナたちの背後に、白銀の貫頭衣を纏った、身長4メートルほどの美しい女性が降り立った。

 慈愛に満ちた笑み。

 手には瀟洒しょうしゃな天秤。

 いかにも女神様って感じのビジュアルをしている。


 だが、次の瞬間、女神は阿修羅のごとき憤怒の形相になり、どこからともなく巨大な金色のハンマーを取り出した。


「え?」


 思わず眉をひそめると同時に、女神のハンマーが振りかぶられる。


 ドゴッッッ!!!!


「キャインッ!」


 女神様渾身のゴルフスイングで、アルゴスは壁までぶっ飛ばされた。

 ええ……もっとこう、ビームとかソーラ・レイ的なやつでこう、ジュッ! て感じじゃないのか……。

 めっちゃ物理じゃん、女神。

 まあ、効いてるならなんでもいいけど。

 

「ナイス、リリアナ!」


 そう一声かけ、ライカオン向かって走りよりつつ、横目にアルゴスの状態を確認する。

 

 相当な深手だったのか、『よろけ』になってフラフラしているアルゴス。

 そこに、まず一発『痛撃』をぶち込んでから、白狼ライカオンのほうへ。


「ルオオッ!」


 ライカオンの周囲に、錆びた剣が何本も召喚され、それぞれが意思を持っているかのように、次々と斬りかかってくる。

 

 カキィン!


 俺は最初の一本だけをパリィして、一気に距離を詰める。

 通称『無限の剣製UBW』――今の剣を召喚する技は、まともに対処しようとすると、絶対にジリ貧になるからだ。


 ゴオオッ!


 すると、ライカオンが後ろ足で立ち上がり、足元目掛けて炎のブレスを吐いた。

『ゼロ距離ブレス』

 UBWをしのいで近づいたプレイヤーを刈り取る、全方位即死攻撃。


「ギシロー様!」


 リリアナが悲鳴を上げる。

 だが、全く問題はない。


『ゼロ距離ブレス』は攻撃判定が一瞬なので、前転回避で簡単に避けられる。


「ギャン!」


 俺の代わりに炎の直撃を受けたアルゴスが、またぞろ哀れな鳴き声を漏らした。


 アルゴスのHPは、残りあと一発ってところか。

 

(だったら、これだ)


 俺はライカオンを数発殴ってから、ひょいとバックステップでその場を退く。

 すると、怒り狂ったアルゴスの爪が、白狼に襲いかかった。


「ギャア!」


 ライカオンの顔が切り裂かれ、鮮血が飛び散る。

 すると、二匹は互いににらみ合い、唸り声を出し始めた。


 こいつらは、同士討ちを誘発して一定ダメージを蓄積すると、『仲間割れ』状態になる。

 こうなってしまえば、あとは簡単だ。


「ゴアアアア――!」


「ルオオオオ――!」


 アルゴスが拳に力を溜め始め、ライカオンが口腔に炎をたぎらせ始める。

 次の瞬間、黒狼の腕が白狼の顎に突き立てられた。


 ドゴン!


 暴発。

 行き場を失ったライカオンの炎が、奴の口内で爆発し、頭部が粉々に吹き飛ぶ。

 同時に、その衝撃を間近で受けたアルゴスは、黒焦げになってくずおれた。


 荘厳なSEが鳴り響く。

 

TRIAL OVERCOME試練克服

 

 実に間抜けな幕切れだったが、これが理論上最速の倒し方なのでしょうがない。

 ちなみに、この『双牙の番犬』コンビ、ビジュのよさも相まって、一部界隈では『喧嘩ップル』と解釈されており、様々な二次創作が作られているとかなんとか。

 

 公式ではどちらも性別が設定されていないので、CPカップリングもNL《ノ―マル》、BL《ビーエル》、GL《百合》、果てはTS《性転換》に素材の味をそのまま生かしたケモノ系など、よりどりみどりだ。


 以前、熱烈なソッチ趣味の女性オタクに、『ライ×アル』は攻守逆転リバこそ原作再現にして至高! という極めてどうでも――どっちでもいい話を熱弁されたことがあったので、よく覚えている。


(さて、お目当ての品は……っと)

 

 ◯ ◯ ◯


 通常討伐報酬:

『双牙の短剣』


 攻撃力:各16(二刀流時+4ボーナス)

 重量:各1.1kg

 装備部位:両手(二刀流専用)

 耐久度:各70/70

 攻撃速度:速い

 クリティカル率:+12%


 特殊効果:

 連携攻撃:両手に装備時、攻撃速度+20%


 説明:「黒と白、二匹の番犬が永遠に共にあるための形。片方だけでは意味がない。揃って初めて、失われた絆を取り戻す」

 

 ◯ ◯ ◯

 

(うん。まあ、分解だな)


 フレーバーテキストはエモい感じだが、あいにく俺は性能にしか興味がない。

 一瞥もくれずにステータスウィンドウの中に収納する。


「あ、あの、先ほどから不思議に思っていたのですが……どこに物を仕舞われているのですか?」


「ん? ああ……どこだろうな?」


 完全に『ホロクラ』を操作する感覚でやっていたが、冷静に考えると、自分でもどうやってアイテムを出し入れしているか謎だ。


 理屈はわからないが、とにかくできるとしか言いようがない。

 肺の仕組みを知らなくても、呼吸ができるのと同じだ。


『リリアナって異世界から来たんだろ? なら、これくらいできるやつもいるんじゃないのか?』


 と、質問しようとして、やめた。

 初対面の人間が実は異世界出身だなんて、常人の脳みそから出てくる発想じゃない。

 正気を疑われるか、図星だった場合でも、警戒されるかの二択だ。

 

 代わりに、無難な返答をする。

 

「リリアナはできないのか?」


「一応できますが……」


 できるんかい。

 リリアナは手にしたメイスを、目の前で出したり消したりしてみせた。

 おおっ、すごい! 手品みたいだ!


「使い慣れたものでしか、普通はできません。ましてや、今しがた拾ったアイテムなど……」


 考え込むように、ほっそりした顎に手をやるリリアナ。

 このアイテム収納能力(仮)が、彼女の常識からも外れたものだとしたら、いったい正体はなんなのか。


 いや、そもそも、リリアナは俺のステータスウィンドウすら見えている様子がなかった。

 もしかすると、これも俺の能力の一端なのかもしれない。


(気になる。研究しなければ。時間のあるときに)


 心の中のポストイットにメモを残し、俺は本命のアイテムを手に取った。

 

 ◯ ◯ ◯

 

 同時討伐報酬。

 

巨人の破城篭手タイタン・シージ・ガントレット


 攻撃力:+35

 重量:12.8kg

 装備部位:両手

 耐久度:200/200

 攻撃速度:極めて遅い


 特殊効果:


 破城打撃:建造物に対してダメージ+800%。

 震動波:攻撃時、周囲2メートルの構造物にもダメージ。

 重量負荷:装備中、回避距離-50%、移動速度-30%。


 説明:「古の巨人族が城攻めに用いた攻城兵器。一撃で城壁に亀裂を走らせる圧倒的破壊力を持つ。ただし重すぎて、軽装戦士には扱いが困難」

 

 ◯ ◯ ◯


「さすがに大きすぎますね……人間が使うことを想定した形状ではなさそうです」


 リリアナの言う通り、『巨人の破城篭手タイタン・シージ・ガントレット』はとにかくデカい。


 長さは俺の身長くらい。幅は胴体以上。

 武器としてより、まだ寝袋として使うほうが実用的に思える。


 だが、そうじゃない。

 

「いや、これでいい。俺にはこいつが必要だ」


「え?」


 困惑するリリアナをよそに、俺は『巨人の破城篭手タイタン・シージ・ガントレット』をウィンドウにしまい込んだ。


 さて、目的地は最上階の一階下である七階ボス。

 そこまでは消化試合だ。さっさと進めよう。


 

 

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