異世界特殊清掃! 歴史に残る死体専門の掃除人の恋愛事情~憧れは英雄ではなくスラムの大悪党~

毒の徒華

外伝1 とある男の手記




『私は今混乱している。


 この混乱を鎮めるために、手記にしたためて頭の中を整理しよう。

 まず何から書いたものか。


 私は今日、学生時代の同窓会に出席した。

 実はずっと気になっていた女性がいて、その女性が来ることを期待して少し無理をして時間を作って出席した。


 しかし、彼女は出席していなかった。


 元々同窓会などに興味がなさそうだと思っていたし、があったから来ないとは思っていたが、それでも一縷いちるの可能性を信じて行った。

 彼女の友人が出席していたのを見て期待を胸に膨らませた。「もしかしたら……」と思ったのだが……やはり彼女は来ていなかった。


 彼女の友人に彼女の事を聞いてみたら、今も時々会って話をする間柄らしかった。


「差し支えなければ彼女の連絡先を教えてくれないか」


 と私が申し出た時、彼女の友人は名刺を1枚渡してきた。


 そこには


「死体専門特殊清掃 ゴア・エスケープ レゾルデ 通信魔力波長:3756455」


 と書かれていた。


 そこで私は改めて思い出した。

 学生時代、彼女は猟奇的な絵を授業中にずっと描いていて怒られていた。

 首吊り死体やバラバラ死体……グロテスクな絵ばかり描いていた事。


 将来の夢の話を友人としているのを盗み聞いたとき、いや、けして聞き耳を立てていた訳ではないのだが、あまりに印象的だったのでよく覚えているだけだ。


 彼女は「特殊清掃の仕事がしたい」と言っていた。

 学生の頃の私は特殊清掃がなんなのか分からず、家に帰って父さんと母さんに進路調査票を見せながら「特殊清掃って何?」と聞いたとき、凄い剣幕で叱られた苦い思い出がある。


 彼女は学内でも数名しかいない“加護”を受けた者だった。

 かくいう私も加護がある。

 精霊の加護がある者は概ね騎士団に入って国を守る任につくことが殆どだ。


 しかし、彼女は騎士団などには全く興味を示さず本当に特殊清掃の仕事についてしまった!

 しかも死体専門の特殊清掃だ!

 なんということだ!!


 当時、彼女にも加護があると判明した時は嬉しかった。

 彼女と話すきっかけになるんじゃないかと思ったからだ。


 しかし……シャイだった私は結局彼女に話しかけられなかった。

 それがいつになっても悔やまれる。


 そして……私は最大の過ちを犯してしまうのだ。


 加護持ちは他の生徒から嫉妬されることが多い。

 私は差別的な言葉は好きじゃないが、加護もなく魔法が使えない人を「ドライ」と呼んでいる実態があるのも事実……


 私たちも御多分に漏れず嫉妬の目を向けられた。

 彼女はその不気味な雰囲気からイジメの対象にはならなかったのが幸いだったが、一方私は……今思い出しても情けない話だが、私は当時弱かった。


 まだ加護も魔法も上手く使えなかった私はイジメの対象になり、数名の男子に一方的にボコボコにされた。

 本当に情けなく思う。


 それだけならまだ良かった。

 そこに彼女が偶然通りがかった。

 通りがかってしまったのだ。


 …………筆が進まない。


 彼女はグロテスクな絵ばかり描いていたし、彼女の憧れは騎士団の英雄などではなく世を震撼させたシリアルキラー「鮮血の舞踏手」通称ブラッドダンサーだった。


 ブラッドダンサーの話をしているときの彼女は目を輝かせていたのを思い出す。

 伝説の猟奇殺人鬼に憧れる彼女の気持ちは正直分からないけれど、好きなものを正直に好きだと言える強さが彼女にはある。

 彼女は芯の強い人間なんだ。


 そんな彼女は、友人と話すときは意外と明るくユーモラスな性格で、根は優しい性格なのだ。

 ブラックジョークが大好きで、陰ながら彼女のジョークに笑ってしまったこともある。

 友人が落ち込んでいた時は親身になって話を聞いていたし、笑っている顔は長い髪に隠れがちだが可愛かった。


 いやいや、そんなことは置いておいて……


 その優しさが、私の弱さが、彼女を破滅させてしまった。

 そのときの彼女の言葉と冷たい声色が今でも耳に焼き付いている。


「助けて欲しい?」


 そのとき、私が首を縦にふらなかったらあんなことにならなかったはずだ。


 私が助けを求めたら、彼女は私に暴力を振るっていた男子との間に迷いなく入った。

 彼女は身長が高い方であったが、華奢であるし男子との力の差があったのは間違いない。

 しかし彼女は臆することなく私を庇ってくれた。


 そして……彼女が魔法を使った瞬間に


 その男子生徒の腕を光の加護を持つ者が治療に当たったが、結局その男子生徒の腕は治らなかった。

 その事件が原因で彼女は退学処分となってしまったのだ。


 私のせいだ。

 私が弱かったから、私が彼女に助けを求めてしまったから。


 今度は私が彼女を庇おうとした。

 しかし、私の口は大人たちに完璧に封じられた。


 その事件は、加護の力を制御できずにそうなってしまった事故という結論になった。

 しかし、加護持ちの者の魔法の使い方として邪道すぎる方法を彼女はとったということで引っ込みがつかなくなり、結局退学処分となったのだ。

 それは私を庇おうとしたという理由があっても看過されない事柄だった。


 私は彼女に謝罪したかった。

 しかし、退学処分になった彼女の行方は分からず……両親も私に彼女と関わらないように強く制限を課した為、彼女を探すことはできなかった。


 だからせめて私は強くなろうと邁進した。

 自分だけではなく他者を守れるくらい強くなろうと日々鍛錬を重ねた。

 彼女に認めてもらえる私になりたい。

 その一心だった。


 そして私は実力を開花させ王国騎士団に入って今、毎日王命を全うしている。


 立派になった私で今度は私が彼女を守りたい。

 聞くところによると特殊清掃の仕事は危険がついて回る仕事だそうだ。

 彼女の危機に颯爽と現れる私でありたい。


 あのとき私を庇ってくれた彼女のやり方は問題があったかもしれないが、それでも彼女は私の最初の憧れであり、私の英雄だ。

 臆することなく相手に向かうあの姿勢、それが私の英雄象になった。

 彼女の憧れる鮮血の舞踏手も、彼女にとって大切な何かなのだろうか。


 この名刺の通信魔力波長に連絡すればすぐに彼女に連絡することができる。


 しかし……第一声は何と言ったらいいか迷いに迷って全然通信できない。


 彼女は私のことを覚えているだろうか。

 大人になった彼女はどんな女性になっているのだろうか。


 緊張して混乱し、名刺を前にしてもう9時間になる。

 外の空が白んできた。

 結局連絡できなかった。


 あと3時間もすれば私は仕事に行かなければならない。

 こんな早朝に連絡したら迷惑になるだろうし、また今夜にでも彼女に連絡してみよう』



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