エピソード4「帰還後の真実」
配送センターに戻った有樹とミカは、不思議な体験から抜け出した安堵と、まだ消えない違和感を同時に抱えていた。
駐車場にトラックを停めると、配車担当が急いで駆け寄ってきた。その顔には明らかな安堵の表情が浮かんでいた。
「無事に戻ってきましたか!」担当者は二人の姿を確認すると、肩の力が抜けるように体を緩めた。
「ああ、戻ってきたよ」有樹は眉をひそめながら言った。「でも説明してもらいたいことがある」
担当者は周囲を見回し、他のスタッフがいないことを確認すると、小声で言った。「事務所の中で話しましょう」
事務所の隅にある簡易的な応接スペースに通され、三人は向かい合って座った。担当者はしばらく沈黙した後、重い口調で話し始めた。
「実は……あの最後の住所は、存在しないんです」
「存在しない?」有樹は疑問を隠せなかった。「でもタブレットには表示されていたし、システムにも入力されてたんだろ?」
担当者は頭を掻きながら言った。「時々、システムにバグが生じるんです。実在しない住所からの注文が入ることがあって……」
「それならキャンセルすればいいじゃないか」有樹は不満げに言った。「わざわざ行かせる必要はないだろ」
「普通はそうするんですが……」担当者は言葉を濁した。「今日は新人が対応して、そのまま配送リストに入れてしまって……」
有樹は信じられない表情で相手を見た。「それじゃあ、俺たちは無駄足を運んだってことか?」
「すみません……」担当者は頭を下げた。「でも……」
「でも?」
担当者はミカをちらりと見てから、さらに声を落とした。「その住所に向かった配達員が、時々……戻ってこなくなるんです」
有樹は背筋が凍るのを感じた。「戻ってこない?」
「だから二人以上で行くように指示があるんです。必ず誰かと一緒に……」
「なんでそんな重要なことを最初から言わないんだよ!」有樹は怒りを抑えられなかった。
「すみません!」担当者は何度も頭を下げた。「でも、話したところで信じてもらえないだろうと……」
「信じられないって?」有樹は目を細めた。「例えば、普通と違う景色が見えるとか、時間の感覚がおかしくなるとか、そういうことか?」
担当者の顔色が変わった。「やはり……あの場所に行ったんですね」
「ああ、行ったよ」有樹はため息をついた。「おかげで変な体験をした」
「本当に申し訳ありません」担当者は深く頭を下げた。「今日の分の給料は倍額でお支払いします。迷惑料として」
有樹はミカを見た。ミカは静かに担当者を見つめていた。
「他にも同じ目に遭った人がいるんだろ?」有樹は尋ねた。「みんな無事だったのか?」
担当者は口ごもった。「ほとんどは……はい」
「ほとんどは?」有樹は鋭く問い返した。
「一人だけ……」担当者は言葉を選ぶように慎重に話した。「行方不明になった人が……」
部屋に重苦しい沈黙が流れた。
「……その人は戻ってくる」突然、ミカが口を開いた。
担当者と有樹は驚いて顔を上げた。
「え?」担当者は混乱した表情でミカを見た。
「……境界は一時的なものだ」ミカは静かに言った。「いずれ閉じる」
担当者は首を傾げた。「何の話を……?」
有樹は急いで話題を変えた。「とにかく、今後はそういう危険な場所には行かせないでくれよ」
「はい、もちろんです」担当者は頷いた。「今日は本当に申し訳ありませんでした」
必要な書類を記入し、約束通り倍額の給料を受け取った二人は、配送センターを後にした。夕方の街は、何事もなかったかのように活気に満ちていた。
有樹の車で帰宅する途中、ミカはスマホを操作していた。
「何してるんだ?」有樹は横目で尋ねた。
「……地図を見ている」ミカは画面を見せた。「あの場所が、どこにあるのか」
有樹はチラリと見て、首を振った。「もういいだろ。あんな怪しい場所」
「……でも不思議だ」ミカは静かに言った。「私の記憶にもない場所があるなんて」
有樹は黙った。確かに、ミカが天使だという前提で考えれば、彼の知らない場所があるというのは奇妙だった。
「お前、本当に天使なのか?」有樹はふと聞いてみた。
「……私が何者かは、私自身もわからない」ミカは窓の外を見た。「だから、探している」
有樹はハンドルを握りしめた。今日の出来事は、ミカの正体についてさらに謎を深めるものだった。
「もしかして、あの路地は……お前の世界に繋がってるとか?」
ミカはしばらく黙っていた。「……違う」ようやく彼は答えた。「私の来た場所ではない。だが、似ている」
「どういう意味だ?」
「……この世界には、様々な境界がある」ミカは静かに説明した。「現実と、そうでないものの間の」
有樹は唸った。「なんだか頭が痛くなりそうだ」
「……すまない」
「いや、お前のせいじゃない」有樹は笑った。「むしろ、今日はお前のおかげで無事に戻れたかもしれないな」
「……私は何もしていない」ミカは首を振った。「あなたの判断が私たちを救った」
有樹は少し照れたように咳払いをした。「まあ、直感だよ」
「……直感は時に理性より賢い」ミカの言葉には、どこか深い意味が込められているように感じられた。
二人の車は夕暮れの街を走り続けた。その後ろには、誰にも見えない何かが、静かに彼らを見守っているかのようだった。
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