エピソード2「驚愕の能力」

青山区の高級マンションに到着した有樹とミカ。有樹がトラックを駐車場に停め、エンジンを切った。


「よし、一件目だ」有樹は深呼吸した。「荷台から冷蔵庫を降ろさないといけないんだが……」


有樹は言葉を切り、ミカに心配そうな目を向けた。「お前、本当に大丈夫か?冷蔵庫って結構重いぞ」


ミカは黙ったまま、トラックの荷台に向かった。有樹も急いで後を追う。


「俺が大部分持つから、お前は……」


有樹の言葉は途中で止まった。目の前で起きた光景に言葉を失ったのだ。ミカが片手で冷蔵庫を持ち上げようとしていた。


「おい!」有樹は慌てて周囲を見回した。人目はなさそうだが、常識では考えられないことが起きている。


「何やってんだ!それ降ろせ!」


ミカは不思議そうな表情で有樹を見た。「……重くない」


「それが問題じゃない!」有樹は頭を抱えた。「普通の人間はそんなことできないんだよ!」


ミカはゆっくりと冷蔵庫を元の位置に戻した。「……普通の人間のフリをしろと言った」


「ああ、そうだけど……」有樹は混乱していた。ミカの謎の能力については何となく感じていたが、こんな形で目の当たりにするとは思わなかった。「いや、でも……まさかお前、そんな力があったのか?」


「……知らなかったのか?」ミカは少し首を傾げた。


「知るわけないだろ!」有樹は小声で叫んだ。「普通、人間はあんな大きな冷蔵庫を片手で持ち上げたりしないんだぞ」


「……そうか」ミカは考え込むように言った。「人間の限界を超えているのか」


有樹は再び周囲を見回した。「とにかく、人前ではそんなことするな。二人でちゃんと持つフリをしよう」


「……了解した」


結局、外見上は二人で冷蔵庫を運んでいるように見せかけつつ、実質的にはミカがほとんどの重さを支えた。マンションのエレベーターに乗り込み、5階のインターフォンを押すと、若い女性が出てきた。


「新しい冷蔵庫の配達です」有樹が告げると、女性は明るい笑顔で迎えた。


「ありがとうございます!どうぞ中へ」


マンションの中は現代的でスタイリッシュな内装だった。リビングには洗練された家具が置かれ、壁には抽象画が飾られていた。しかし、奥の部屋のドアは少し開いており、そこからはポスターの一部が見えた。


有樹が何気なくそちらに目をやると、女性は慌ててドアを閉めた。しかし、一瞬見えたのは二人の美しい男性が抱き合うイラストだった。


「あの……お二人とも本当に素敵な顔立ちですね」女性は少し恥ずかしそうに言った。「モデルさんとか?」


「いや、ただの配送員だよ」有樹は苦笑いした。「それにこいつは親戚の子だ」


女性は二人の顔を交互に見た。「親戚……ですか?」明らかに信じていない様子だった。「でも、すごく似てますね、お二人とも美形で……」


有樹は気まずそうに咳払いをした。「設置場所を教えていただけますか?」


「あ、はい。こちらです」女性はキッチンに案内した。


古い冷蔵庫を取り外し、新しいものを設置する作業中も、女性は二人をじっと見ていた。時折、スマホで何かをタイプする様子も見られた。


「これで完了です」有樹は作業が終わると、古い冷蔵庫を指さした。「こちらはリサイクル回収させていただきます」


「ありがとうございます」女性は満足げに新しい冷蔵庫を見た。「お茶でもどうですか?ちょっと一息」


「すみません、次の配達があるので」有樹は丁寧に断った。


マンションを出ると、有樹は大きく息をついた。「あの女性、なんか妙だったな」


「……彼女は私たちを別の関係だと思っていた」ミカが静かに言った。


「え?どういう意味だ?」


「……恋人同士だと」


有樹は呆然とした。「は?……何言ってんだよ!親戚だって言っただろ!」


「……嘘を見抜く能力がある」ミカは淡々と言った。「あの女性は信じていなかった」


「まあ、いいだろ」有樹は肩をすくめた。「それより、お前のその……力だ。なんなんだ?」


ミカは少し考え込んだ後、静かに答えた。「……私の本質の一部」


「本質って……」


その時、マンションの前に数匹の猫が集まっているのが見えた。不思議なことに、猫たちはミカの姿を見ると、逃げるどころか、むしろ近寄ってきた。


「おや?」有樹は驚いた。「猫がお前に懐いてるな」


ミカはゆっくりとしゃがみ、猫の一匹の頭に触れた。「……彼らは私を知っている」


「猫語でも話せるのか?」有樹は冗談めかして言った。


ミカは黙ったまま、猫をそっと撫でた。その静かな仕草に、有樹は不思議な感覚を覚えた。ミカの本当の姿とは何なのか。彼が自称する「天使」とは実際どういうことなのか。これまで半信半疑だった有樹だが、今日目にした超人的な力を考えると、何か特別な存在である可能性を否定できなくなってきた。


しばらくすると、猫たちは満足したように鳴き、それぞれの方向へ散っていった。


「変わったやつだな」有樹は首をかしげた。「さあ、次の配達に行くぞ」


トラックに戻った二人。有樹は運転席に座りながら、横目でミカを観察した。今まで気づかなかったことが、急に気になり始めた。


「なあ、正直に教えてくれ」有樹は真剣な表情で尋ねた。「お前、本当に天使なのか?」


ミカは窓の外を見たまま、しばらく沈黙していた。


「……私自身もわからない」彼はようやく口を開いた。「記憶の大部分が失われている」


「でも、普通の人間じゃないよな」有樹はエンジンをかけながら言った。「冷蔵庫を片手で持ち上げるとか、猫が寄ってくるとか」


「……それが何を意味するかは、私も探している」


有樹は笑った。「なんだか俺、とんでもないルームシェアをしてるみたいだな」


ミカの口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだように見えた。


「……アイスが食べたい」


「まだ仕事中だぞ」有樹は呆れた顔をした。「次の配達先に行ってからにしろよ」


二人を乗せたトラックは、次の目的地である渋谷区へと向かっていった。

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