#54 南の前哨戦

 南側。平面駐車場を通り抜けようとする風が、ビニール袋を戯れに転がした。

 出入り口のガラス越しに、若い連中の笑い声がかすかに揺れている。タバコを吸う男の吐いた煙が流れて霧散する。誰かがスケボーをつま先でいじり、もう一人はガムの包み紙をポケットに戻そうとしていた。気が抜けた仕草の奥に、場を張るための硬さがあるのが見えた気がした。


 チェリーは車体のフェンダーにスリングを掛け、頬を冷たいストックに当てる。息をひと匙だけ整え、視界の端でノヴァの肩が小さく落ちるのを合図に変える。


 破裂音が響くと針のような一発が、出入り口脇の見張りの肩口に吸い込まれた。驚きが声になる前に、影がひとつ沈む。倒れる音より早く、ノヴァのライオットシールドが前に出た。


「前へ」


 低い声が地面を踏むみたいに落ちる。ノヴァは右、ヒナは左。リンは半歩外で角度を持ち、銃口だけが静かに上を向いた。床の白線を踏む足取りは乱れない。三人の視線は同じ一点へ収束していく。


 実況・末永【ガーデンフォースは、早くも動きを見せました】

 解説・潮崎【人数的にはアドバンテージがあります。モール内での優位を形成したい狙いもあったのでしょう】

 

「敵だ! 来たぞ、下がれ」


『姫のいない戦い、護らないガーデンフォース』

『いや、姫はいつも気づくといないから、ある意味通常運転』


 ガラスの陰でかがんだ若者が、倒れた仲間の腕をつかんで内側へ引こうとする。もう一人がドアの金具に手を伸ばし、押し開けたガラス戸が軋んだ。焦りが手に出る。安全装置を雑に払った銃口が、光を弾くように揺れた。


 ヒナの短い二連が胸元を押し戻す。声が途切れ、引き手がガラス戸に肩をぶつける。ノヴァは盾の縁で火線を切りながら角を奪い、足場を半歩だけ内側へ移した。靴裏で砕けた破片が鈍く鳴る。


「ベル鳴らせ、ベル」


 背中越しに振り返った若者の肩が震え、指がスマホを探す。その指先を、リンの二発が止めた。横に散らない弾が、肩と腰に置かれて動きの芯を奪う。銃身が床に落ち、身体が崩れ落ちた。

 

 実況・末永【緊急用のスマホアラームによる招集こそ阻止しましたが、銃撃を聞きつけてモール周囲を警戒していた遊撃隊が東と西から二人ずつ合流しましたね】

 解説・潮崎【そうですね。それも織り込み済みだと思います。出入り口のNPCだけを倒してモール内に突入しても、倒れている仲間を見つけて遊撃隊が入ってくれば、簡単に裏を取られることになります】

 

「戦闘を選択した以上、それは避けられないと割り切っていたと?」

 

 唐沢の言葉に、解説の潮崎もうなづいて見せる。

 

 解説・潮崎【その通りです】


 盾の向こうから一発、荒い反撃が弾かれる。ノヴァの視界の縁で白い火花が散り、呼吸が少し深くなる。チェリーはスコープを離さない。逃げ場を探していた四人目が、ゴミ箱の陰に小さく揺れた瞬間、もう一針だけを正確に置いた。

 スナイパーの一撃は、ゴミ箱では防ぐことは叶わなかった。ゴミ箱ごと射抜かれて、静けさが戻る。

 

 しかしすぐに、東と西の通路から二つずつ影が迫る。走る靴音がコンクリートに浅く跳ね、柱の陰で一瞬だけ止まる。誰かが息を吐いて、視線だけがこちらへ滑ってきた。


「いたぞ! やっちまえ!」


「東と西に援軍。共に数は二」

 

 距離を置いていたスナイパーのチェリーが、スコープ越しに見た情報を端的に伝える。

 そのまま東側のNPCに向けて一発。

 放たれた弾丸は、大きな円筒形の柱を穿つ。

 柱の影に潜んでの銃撃にシフトした援軍。

 

「東の足を止める」


 言いながらチェリーは素早いボトルアクションで二発目を柱に撃ち込み牽制する。

 

『冷静な狙撃が、超クール』

『撃ち抜かれたいー』

 

「東は一旦、私とチェリーで引き受ける。西を」


 ノヴァは短く指示を飛ばすと、自身はシールドとコンクリート花壇を利用してハンドガンで東側のNPCを牽制する。


 実況・末永【どうやら東側の援軍はノヴァとチェリーで足止めをして、その間に西側を片付けるようですね】

「おっとりしているけど行動力はあるヒナちゃんに、元気印のリンちゃん。普段は姫とCloudy⚭Cloudyの影に隠れがちだからね。こういうところで魅力を見せて欲しいところだね」

 

 スタジオでは唐沢が腕組みしながら、親目線のような感想を口にする。

 

「唐沢さん、なんだか責任者みたいなセリフ」

「結海ちゃん、俺はそういう立場だからね?」

 

 そんなやり取りに、再びスタジオ笑いが起きる。


 西側に目を向けると、駐車帯と植え込みの間に二つの影が沈んでいる。片方はベンチ状のコンクリート縁に肘を掛け、もう片方は看板柱の根元に体を寄せていた。顔が上がるたび、息が荒いのがわかる。


 ヒナはノヴァの背から一歩だけ離れ、低く落とした体勢のまま視線だけを右へ送った。リンがうなずく。二人の呼吸が、ゆっくり同じリズムにそろう。


「右、切る。左、取って」


 ヒナの声は小さい。リンはアサルトライフルを肩に固め、照門の奥で輪郭だけを掴む。ヒナが先に二発、植え込みの縁に置いた。乾いた反響が小さく広がり、土がはねる。


「伏せろ、伏せろ」


 看板柱の陰で一人が叫ぶ。勢いで飛び込んだ膝がコンクリートに当たり、短い吐息が漏れた。その一瞬で、リンは左の影の肩を捉える。二発。横に散らさない角度で、肩と胸の上を正確に押さえる。体が崩れて、視界の白が細く揺れた。


 残る一人が看板柱に背を預け直し、隙間から銃口だけを出す。撃ちながら押し出す型だ。弾が植え込みを撫で、葉が細かく散った。ヒナは射線を読んで半歩戻り、地面に沿う高さで三発を短く刻む。柱の向こうの動きが止まり、姿勢が低くなる。


「ヒナ今だよ、左」


 リンが囁くのと、ヒナが走り出すのはほとんど同時だった。植え込みに沿って二歩、さらに一歩。角の手前で体を壁に貼り、呼吸をひとつだけ整える。

 左のつま先が静かに回り、視界の端で銃口が覗いた瞬間、ヒナは上半身だけを滑らせて二連を置いた。胸と上腕。相手の肘が折れ、銃が斜めに落ちる。


 柱の裏で、かすれた声が上がる。


「やめろ、やめてくれ……」


 ヒナは無言で一歩詰め、倒れているNPCに向けて構える。連続する乾いた音が男に最期を見せた。

 そして植え込みの向こうを一度だけ見て、倒れた二人の手元に武器が残っていないかを確かめる。スマホの画面はひび割れ、通知ランプは点いていない。息が静かに整っていく。


 実況・末永【ここで西側を殲滅です】

 解説・潮崎【無駄のないいい連携だったと思います。殲滅スピードも申し分ない】


「西、クリア」


 ヒナが言う。リンは「クリア」の声と同時に、東側の援護へ滑るように走った。低い姿勢のままノヴァの隣へ入り、シールド越しに射線を通す。


「よし、一気に行く」


 ノヴァが前へ。リンが扇のように弾を掃き、柱の影へ押し戻す。背後の床を、チェリーの細い一発が硬く叩いた。退路はない、と静かに告げる合図のようだった。


 遅れてきたヒナが、間合いを測りながらノヴァを追い越す。角の切れ目へ半身だけ送り、胸と上腕へ二連を置く。肩が跳ね、肘が落ち、銃が床を滑った。


 もう一人が柱の影から銃口だけを出す。リンはシールドの縁に合わせて一歩を送り、照門で呼吸を数えてから鎖骨の下へ一発。体の芯が折れ、壁へ沿って沈む。ヒナはつま先で手元を払い、武器とスマホを遠ざけた。


「オールクリア」


 リンの声に、ノヴァがすぐ手で合図を返す。


「突入。各人、優位を取りながら北へ」

 

 三人の「了解」の声が重なった。

 ガラス片が靴裏で小さく鳴る。冷えた空気が頬をかすめ、四人は間を置かずに、モールの影へ吸い込まれるように消えた。

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