#38 遊びのセンスで、撃ち抜け
さすがVR空間というだけのことはあって、倉庫内にはスナイパーライフルの試し撃ちができるほどの広さのブースも存在していた。
奥には広大な試射フィールドが広がっており、時間帯や天候も自在に変更ができるのだという。
「まずは動いて撃つ。奇襲寄りの戦術を試してみようか」
巧翔の声に、NPCの管理人である親父がラックから一本の銃を取り出す。
黒と灰のツートン。短いスコープとサプレッサーを備えた、無骨で美しいライフルだった。
「巧翔さん、これは……?」
「HK417 DMR。GSE訓練用のカスタムモデルだな。訓練場じゃ定番の一本だ。反動が軽くて、動きながら撃つのに向いてる。7.62ミリだから、多少の風でも弾道が安定する。距離を取っても感覚が掴みやすい…… あ、いや、説明が難しかったな。気にしないでいい」
真剣に聞いているちゆきを見ながら、さすがに小学生の女の子にする説明じゃないな。オタクを出しすぎたか。と、少々反省する。
「とりあえず、撃って隠れてまた動く。そういう“奇襲のリズム”を試してみよう」
ちゆきは興味津々に銃を抱え、構えてみた。
銃身が短めで、重心が後ろ寄り。前に傾くようにバランスを取るのが難しい。
けれど、スコープを覗くと視界が澄んでいて、不思議と落ち着く感覚があった。
「これ、動きながらでも狙えそうです。ちょっと重いけど…… バランスがいい」
「悪くない感想だな。たぶん、すぐ慣れる」
当然ではあるが、実銃よりも軽く、VR体に合わせた重量になっている。なので重すぎるということはないが、それと扱いやすいかは、また別問題になってくる。
フィールドに出ると、草原。右手には森。その奥には山。やや左に川が流れ、対岸には住宅地が見えた。
見渡す限りの景色が試射用のフィールドだと聞かされ、ちゆきが感嘆の声を上げる。
「うわぁ…… ひろーい!」
巧翔は銃の構え方、狙い方、走りながら撃つ際の重心の取り方などを丁寧に教えた。
迷彩服に変わったちゆきは、表情をキリッと引き締めている。その真剣さが、どこか微笑ましかった。
「よし、じゃあ実際にやってみようか。俺は観戦モードでついていくから、敵には俺は見えないし、俺ができることもない」
「え? 敵が出るんですか?」
「まあ、じゃないと練習にならないからな。常に近くでアドバイスするから、まずはやってみよう」
心配なのは、ちゆきが“人を撃つ”という行為にどう反応するかだった。
それでも、彼女は迷いなくうなずいた。
「はい!」
頷いたちゆきの表情は、もう完全に“戦う顔”になっていた。
「OK。じゃあまずは、この草原を真っ直ぐ進もう。草丈が高いから、少し屈めば簡単には見つからない。敵の位置は俺が教える」
銃を抱え、草むらをゆっくりと進む。膝を軽く曲げ、音を殺し、呼吸を合わせている。その動きは思った以上に自然だった。
その姿に、巧翔は思わず感嘆した。
(走り方に無駄がない。視線の振りも的確だ。……経験ではなく、感覚の理解力か)
その動きに、どこか洗練された感じを受ける。その理由に、はたと気づく。
(そうか…… かくれんぼやおにごっこ、缶蹴り。そういう遊びは、自分の姿を隠す力を育てる。それに、ドッジボールでは相手の動きを読んで数秒先を想像する。……遊びの現役であるからこその強み、か)
その時、前方の草むらの奥で光が閃いた。
「止まれ」
巧翔が低く言う。
前方およそ二百メートル。五人ほどの小隊が草原を横切っていた。装備は軽歩兵。銃口が反射したのだ。
「一旦ストップだ。敵影がある…… 見えるかい?」
「見えます」
落ち着き払ったちゆきの声。その肝のデカさに感服する。
「まだ距離があるな。右へ迂回して、森の入り口から奇襲をかけよう」
「了解!」
ちゆきは素早く体勢を変え、右へと回り込む。草むらを分けながら走る足音が、ほとんど聞こえない。
これは、缶蹴りで養われた技術かな?
などと考える。
やがて森の入り口に着いたちゆき。木立の影に身を隠して息を整えた。
狙う方向には、まだ気づいていないNPCたちの列。
銃口が静かに上がる。
銃を構えた姿が様になっている。
「ここから撃つ。距離百五十。動きながらというのを忘れるな—— 今だ」
巧翔の指示と同時に、ちゆきが飛び出した。
トリガーにかけた指が、一瞬止まる。
けれど、その迷いはほんの一呼吸の間だけだった。
HK417の銃口が閃光を放つ。
反動はあるが、すぐに次弾を装填。その動きに澱みがほとんどない。教えたことを確実にこなしている。
賢い子なんだな。という感想を持つ。
ちゆきは走りながら狙いを修正し、次々と射撃を繰り出してゆく。
オレンジと黄色の光がはじけ、草原の敵が一人、二人と倒れていく。ただ、柔らかな光の残滓が草の上に散った。
「右奥! 二人目の影、動いた!」
「見えました!」
スコープを覗き込む暇もなく、感覚でトリガーを引く。
弾丸が敵の腕を掠め、銃が跳ねた。相手が怯んだ隙に、森の影へと身を滑り込ませる。
巧翔の指示通り、撃って、隠れて、動く。教えた通りのリズムだった。
銃声が止む。敵の気配が全て消えた。
身を隠し、しばらく様子を見てから。
「やりました! 当たりましたよ!」
ちゆきが息を切らせながら、振り返る。
頬が上気し、目が輝いている。
「よくやった。命中精度も、退避の判断も上出来だ」
巧翔の言葉に、ちゆきは笑顔でうなずいた。
その笑顔を見ながら、彼は少しだけ真剣な顔になる。
「……怖くはなかったか?」
問いに、ちゆきは一瞬きょとんとしたあと、首を傾げて言った。
「え?」
「いや、その…… 相手を撃つときとか、倒れた時とか」
「黄色とオレンジの光が花火のように見えました。なので、平気でした」
その答えに、巧翔は安堵した。
戦場の空気はあまりにもリアルだ。
銃声も、反動も、倒れ方も。
だが、その一点だけは現実から遠ざけられている。
“死”ではなく“結果”として見える光。
それが、この世界が人を守るために用いた安全装置。
「……そうか。なら、よかった」
その笑顔に、ようやく巧翔は胸の底の不安を解いた。
——この子は“戦う”ことを恐れず、“表現”として受け取れる。
それは、GSEにおける最高の資質だ。
モニター越しに、武琉の声が割り込む。
「ちゆきちゃん、センスいいスね! 動きながらの修正エイム、完全に感覚派スよ! 反応速度、平均の一・七倍です!」
「えへへ…… 楽しかったです!」
笑顔のまま銃を抱えたちゆきを見て、巧翔は肩をすくめた。
「楽しいと言えるのもまた、資質だな」
だが、安堵は長くは続かない。
観戦モードで見ていた映像を思い返しながら、現実的な判断が頭をもたげる。
(確かにセンスはある。照準も動きも悪くない。けど、奇襲となると……)
考えを巡らせる巧翔の顔を、不思議そうにちゆきが覗く。
(常に動き続けなきゃならない。相手に近づく以上、見つかる危険性も高くなる。いくら隠れるのが得意と言っても、単独では無理がある)
そんなちゆきを見つめながら、慎重に結論を出す。
(連携が取れるようになってからなら、奇襲型でも戦えるだろう。だが今はまだ、動かずに狙う訓練を優先した方がいい。隠密型スナイパー—— そちらの方が、今の彼女には合っている)
巧翔は口を開いた。
「よくやったな、ちゆき。動きは上出来だ。ただ、奇襲は常に走り回る前提になる。今のままだと負担が大きい。次は“止まって撃つ”訓練をしてみよう。隠密寄りのスナイパー戦法だ」
「はいっ!」
ちゆきが嬉しそうに頷く。
その反応に、巧翔は小さく笑みを漏らした。
柔らかな風が吹き抜け、人工の夕空が薄く揺れた。
その下で、二人の影が静かに並んで伸びていった。
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