紙細工の英雄 ー大罪人が偉業を成し遂げるまでー
清月 郁
プロローグ
物語を書いた理由
「――お母さん!
今日も夜に”紙細工の英雄”のお話しを聞かせてよ!
特にね、うーんと……大英雄エイルが一人で世界を救うところ!」
街中で通りすがった、小さな女の子は母親へとねだった。
母親は慣れたようにふふっと笑うと、我が子の手を取った。
そんな微笑ましい光景を、小説家のシリルは眺めていた。
「……」
しかし彼は、虚構の英雄像が沁みついている虚しさに心を痛めていた。
あの親子の言う英雄の話は、事実に反した内容となっていたから。
――紙細工の英雄。
大昔に実際したとされる、7人の英雄達。
彼らは千年以上もの間誰も成し遂げられなかった偉業を成しとげた。
我々は、そんな彼らを雲の上の存在として崇めている。
でも、彼らは皆が考えるような完全無欠な人物ではない。
そのことを、誰も知らないのだ。
ただ一人、シリルを除いて。
シリルは小さい頃、森の中である不思議な人物と出会った。
その人はすぐに姿を消してしまったが、英雄達の実際の人生を教えてもらった。
それは、皆が語る話とは程遠いものだった。
彼らは皆罪人であり、紙細工のように脆くて弱いただの人間なのだ。
無論人並みに挫折していて、何の苦労もなく名を残したわけではない。
決して、皆が考えるような人達では一切ない。
(どうして彼らは、英雄になることができたんだろう?)
話を聞いた当初、シリルはふとそんなことを考えていた。
とても難しい疑問のように感じたが、答えはすぐに分かった。
……彼らの人生だ。
彼らの軌跡を辿れば、自ずと見えてくる。
英雄達は皆、正しい罪の向き合い方をしたのだ。
それこそが、本当の英雄譚として価値のあるのものではないだろうか?
こんなことを考えながら、シリルはいつの間にか大人になっていた。
でも今でも、おとぎ話としての”紙細工の英雄”を聞く度に心が締め付けられる。
まるでこの世界に一人だけ取り残されたような、孤独感に苛まれるからだ。
彼らの真実を、自分だけ知っているのもどうなのだろう?
あの時、あの見知らぬ人物から受け取った記憶を、この胸の内に留めるだけでいいのだろうか?
そう、自然と考えてしまうのだ。
「……そうだ」
だからこそ、自分は小説家を目指したのではないか?
何となく今の道を進んではいたが、恐らく頭の奥底でずっと答えが出ていたのかもしれない。
真実を知る自分は、本当の英雄譚を老若男女が読める物語として書く必要がある、と。
そうして彼らの軌跡を世界に残し、自分は世界に伝えたかったのだ。
――英雄は、どんな人でもなることができることを。
だったら、この真実を新しい小説として書こう。
物語である以上、少しは着色しないと読者は読んでくれない。
でもなるべく忠実に綴り、読者に本当の英雄像を刻み込むことができるはず。
それが自分なりの、彼らの敬意の払い方になる気がした。
「だったら、帰ったら早速書き始めよう。
まずは、そうだな……
大量殺人の罪を背負い、仲間と共に偉業を成したエイル・ハイパーから――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます