第22話:二人の共闘、最後の光
古代兵器が、暴走する魔力にその巨体をきしませている。
千載一遇の好機。
アッシュとエリーゼは、互いの目を見つめ、無言で頷き合った。
先に動いたのは、エリーゼだった。
「聖なる光よ、彼の道を照らせ!」
彼女が両手を突き出すと、その手のひらから、今までとは比較にならないほど強大で、清らかな光の奔流が放たれた。それは、アッシュから分け与えられた「希望のパン」の力によって増幅され、浄化の属性を帯びた魔法だった。
光は、古代兵器の胸部にある禍々しい水晶に直撃する。
ジュウウウッ、と肉の焼けるような音と共に、水晶の表面に大きな亀裂が走り、その輝きが急速に失われていく。古代兵器の動きが、さらに鈍くなった。
「小娘がぁっ!」
ヴァルケンハイン将軍が、怒りに顔を歪ませて叫ぶ。
彼は、自らの切り札が、たった一人の少女の魔法によって無力化されつつあるという現実を受け入れられなかった。
「レオンハルト! 予備の魔力炉を起動しろ!」
「しかし将軍、安定性に問題が…!」
「構わん、やれ!」
将軍の狂気的な命令に、副官レオンハルトは一瞬だけ躊躇を見せたが、やがて無感情に頷き、コンソールを操作し始めた。
だが、アッシュがそれを見過ごすはずがなかった。
「お前の相手は、俺だ」
エリーゼが魔法を放った、その一瞬の隙を突き、アッシュは地を蹴っていた。
黒い残像を残し、彼は一気に古代兵器の足元まで肉薄する。
彼の魔剣「夜天」が、闇色の軌跡を描いた。
ザンッ!
巨大なゴーレムの足首の装甲が、いとも容易く切り裂かれる。巨体がバランスを崩し、大きく傾いだ。
「させるかぁっ!」
将軍は、ついに自ら動いた。
彼は、軍服の上から、禍々しいデザインの魔導兵装を瞬時に装着する。それは、カインが使っていた魔導義手の、さらに上位互換ともいえる代物だった。
将軍は、魔導兵装の力で空を舞い、アッシュへと襲い掛かる。
「死ね、魔族の残党め!」
将軍の振るう剣は、長年の戦いで培われた、老獪で無駄のない剣技だった。アッシュの魔剣と、将軍の魔導剣が、凄まじい火花を散らしながら激突する。
三つ巴の激戦。
暴走する古代兵器、それを止めようとするエリーゼ、そして、アッシュと将軍の死闘。
戦場の誰もが、その光景を固唾を呑んで見守っていた。
「アッシュさん!」
エリーゼは、アッシュが将軍と渡り合っている間に、再び魔法を練り上げる。
彼女は、アッシュの戦い方を、そして彼の想いを、今、はっきりと理解していた。
(アッシュさんは、私に道を作ってくれようとしている…!)
彼女は、自分の中に残る全ての魔力と、アッシュへの信頼を、一つの魔法に集約させていく。
それは、彼女が今まで使ったことのない、最大の聖属性浄化魔法。
アッシュのパンから得た、温かい希望の力があったからこそ、彼女はこの大魔法に挑むことができた。
一方、アッシュもまた、エリーゼの意図を正確に感じ取っていた。
彼は、将軍の猛攻を受け流しながら、好機を窺う。
将軍の剣は重く、そして鋭い。一瞬でも気を抜けば、致命傷は免れないだろう。
だが、アッシュの心は、不思議なほどに静かだった。
隣に、エリーゼがいる。
背後には、守るべき町がある。
もう、一人ではない。
その事実が、彼に絶対的な自信と力を与えていた。
「終わりだ、パン屋!」
将軍が、必殺の一撃を放つべく、大きく剣を振りかぶった。
アッシュは、その瞬間を待っていた。
彼は、将軍の剣を避けない。逆に、その懐へと深く踏み込んだ。
そして、魔剣「夜天」に、ありったけの闇の魔力を込める。
「――夜天、
魔剣が、悲鳴のような甲高い音を立てた。
闇の斬撃が、将軍の魔導兵装を、鎧ごと両断する。
「なっ…!?」
将軍が、信じられないものを見る目で、己の体を見下ろした。
そして、その背後で。
「――今です!」
エリーゼの声が、戦場に響き渡った。
彼女の手から放たれたのは、太陽そのものと見紛うほどの、巨大な光の球だった。
それは、アッシュが切り開いた道を通り、暴走する古代兵器の、ひび割れた胸部のコアへと、寸分違わず吸い込まれていった。
一瞬の静寂。
次の瞬間、古代兵器の内部から、くぐもった爆発音が連続して発生した。
浄化の光が、その禍々しい魔力を内側から完全に消滅させていく。
ゴーレムは、最期の断末魔のように、天に向かって腕を突き上げると、その巨体を維持できなくなり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。
そして、将軍もまた。
「馬鹿な…私が…こんな…パン屋に…」
彼は、己の胸を貫いた闇の刃を見つめ、信じられないという表情のまま、光の粒子となって消滅していった。
「私の…秩序が…!」
その最後の言葉は、誰の耳にも届くことなく、風に掻き消された。
混乱に乗じて、副官レオンハルトが、いつの間にかその場から姿を消していた。
アッシュとエリーゼの、息の合った連携攻撃。
パンが繋いだ二人の絆が、ついに、強大な悪を打ち破った瞬間だった。
戦場に、再び静寂が戻った。
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