第4話:最初の“禁書”の回収作戦

「“忘却の徒”です!」


 ソフィアの緊迫した声と共に、第一書庫エリアの入口の方から、複数の足音が急速にこちらへ近づいてくるのが分かった。それと同時に、肌を刺すような冷たい殺気も。

 俺と瑠奈は、反射的に身構えた。まさかこんなに早く、敵と遭遇することになるとは。


「彼らは書庫の構造をある程度把握していますが、私の知らない隠し通路や、私が意図的に情報を遮断しているエリアまでは気づいていません。そちらへ!急いで!」


 ソフィアは冷静に指示を出すと、俺たちの手を取り、近くにあった巨大な本棚の裏手へと導いた。

 そこには、壁と本棚の間に巧妙に隠された、人が一人やっと通れるくらいの狭い通路が続いていた。中は薄暗く、埃っぽい。

 俺たちが通路に滑り込むのとほぼ同時に、書庫エリアに「忘却の徒」の兵士らしき者たちが数名、姿を現した。黒ずくめの戦闘服に身を包み、その顔は無機質な仮面で覆われている。手には物騒な形状の武器を携えていた。


「ハックション!」


 思わず、俺のくしゃみが狭い通路に響き渡った。埃っぽさに鼻がやられたのだ。

 しまった、と思ったがもう遅い。瑠奈が背後から、ものすごい形相で俺の脇腹を肘で小突いてきた。声なき抗議が痛いほど伝わってくる。


「し、静かに…!」


 ソフィアが小声で囁き、俺たちは息を殺して通路の奥へと進んだ。

 背後では、兵士たちがエリア内を捜索している気配がする。彼らの荒々しい足音や、何かを蹴散らすような音が、壁越しに微かに聞こえてきて、心臓が嫌な音を立て始めた。


          ◇


 隠し通路の壁には、所々に小さな覗き穴のようなものが空いていた。ソフィアが、かつて書庫の監視のために使っていたものだろうか。

 俺たちはそこから、第一書庫エリアの様子をうかがった。


 「忘却の徒」の兵士たちは、エリア内を機械的に捜索している。彼らは書物の残骸や瓦礫がれきを無造作に蹴散らし、何か価値のあるものがないか――あるいは、彼らにとって「有害」な知識の残滓ざんしが残っていないか――を確認しているようだった。

 その姿は冷酷で、知識に対する敬意など微塵も感じられない。ただ、命令に従って作業をこなしているだけ、といった印象だ。


「…彼らは、いつもこうなのです。知識をまるでゴミのように扱い、見つけ次第“処理”していく…」


 ソフィアが、悔しそうに唇を噛み締めながら呟いた。彼女の青い瞳には、静かな怒りの炎が揺らめいている。

 その時、俺は、兵士の一人が、自分が先ほど見つけていた「壁の亀裂きれつに挟まった巻物の断片(ゴミ)」に近づいていくのを目にした。

 あの巻物は、確か…。


「あれは…“時空干渉魔法の基礎理論”…非常に危険かつ重要なものよ…!」


 隣で同じく様子を窺っていた瑠奈が、小声だが切羽詰まった声でそう告げた。彼女の《叡智の神眼》は、あの巻物の価値を正確に見抜いているのだろう。

 時空干渉魔法。名前からしてヤバそうだ。そんなものが「忘却の徒」の手に渡ったら、ろくなことにならないのは火を見るより明らかだ。


「あれだけは彼らの手に渡すわけにはいきません…しかし、今ここで戦闘になれば、私たちは不利です…」


 ソフィアも苦悩の表情を浮かべる。彼女の戦闘能力は、先の襲撃で大幅に低下しているはずだ。俺に至っては《ゴミ拾いLv1》。瑠奈も鑑定スキルがメインで、直接的な戦闘力は高くない。

 兵士は、何の気なしに、その巻物の断片が挟まった壁の亀裂に手を伸ばそうとしている。

 万事休すか――。


          ◇


 その瞬間、俺は咄嗟とっさに行動していた。

 理屈じゃない。体が勝手に動いたのだ。

 隠し通路の別の場所に、俺のスキルが反応していた「光るゴミ」――ただの大きな金属クズの塊――があったのを思い出した。俺はそれを掴むと、通路の壁の隙間から、わざと大きな音を立てて書庫エリアの反対側に投げ落とした。


 ガシャンッ!!


 金属音が、静まり返っていた書庫エリアに派手に響き渡る。


「何だ!?」

「あちらか!?」


 兵士たちの注意が一斉にそちらへ向いた。彼らは警戒しながら、音のした方へと移動していく。

 今だ!


 俺が目配せすると、隣にいた瑠奈がうなずいた。

 彼女は、まるで猫のようにしなやかな動きで、隠し通路の出口から音もなく飛び出すと、電光石火の速さで壁の亀裂に駆け寄り、巻物の断片を抜き取った。そして、同じように音もなく通路へと戻ってくる。

 一連の動作は、ほんの数秒。その間、兵士たちは誰も彼女の動きに気づいていない。


(すげえ……忍者かよ、姫川さん……!)


 俺は内心で、彼女の人間離れした身体能力に驚嘆していた。鑑定スキルだけじゃなく、こんな特技まで持っていたとは。

 いや、今は感心している場合じゃない。


          ◇


 兵士たちは、俺が投げた金属クズの周りをしばらく調べていたが、結局何も見つけられなかったようだ。


「ただの物音か…。ネズミでもいたのかもしれんな」

「このエリアも異常なし。次のエリアへ行くぞ」


 彼らはそう言い残し、ぞろぞろと第一書庫エリアから去っていった。

 足音が完全に遠のくまで待ってから、俺たちはようやく安堵のため息を漏らした。


「ふぅ…行ったか…」

「ええ、どうやら。…助かったわ、相馬君」


 瑠奈が、回収した巻物の断片を手に、俺に向かって言った。その表情はいつものクールなものに戻っていたが、声にはわずかな安堵の色が混じっている。


「あなたの“ゴミ”も、たまには役に立つのね。あの咄嗟の判断は、悪くなかったわ」

「た、たまたまだよ! 姫川さんの動きがすごかっただけだって!」


 俺は照れくさくて、つい早口になってしまう。

 ソフィアもまた、俺たち二人の連携を見て、その青い瞳に微かな感嘆の色を浮かべていた。


「あなた方なら…本当に、この書庫の希望となるやもしれません…」


 彼女のその言葉は、俺の胸に温かく響いた。

 最初の危機は、俺の《ゴミ拾い》スキルと、瑠奈の機転と身体能力、そしてソフィアの的確な判断によって、なんとか乗り越えることができた。

 この出来事を通して、俺たち三人の間には、確かな絆のようなものが芽生え始めているのを感じた。

 これから本格的に始まるであろう「知識の欠片ゴミ」集めへの期待と、そして「忘却の徒」という強大な敵への警戒を胸に、俺たちは再び書庫の奥へと足を踏み出した。

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