第35話 出発の時

「……トさん、………ヤトさん………アヤトさん!」


 誰かに呼ばれる声がする。

 その響きが心の奥に届いた瞬間、ゆっくりと意識が浮上してきた。

 目を開けると、ぼんやりとした光景の中に、見慣れた顔があった。


「アヤトさん……!」


 フィーナが、今にも泣き出しそうな顔で俺を抱き起こしている。

 温かなぬくもりと柔らかな太ももの感触が背に伝わってきて、ようやく現実だと理解する。


「……あれ……フィーナ?」

「はい。ほんとに……よかった。信じてました、絶対に戻ってくるって」


 フィーナの震える声が、胸に染みる。


「無事に試練を乗り越えたようね。大したものだわ」


 すぐ傍らにいたクレアが、静かに歩み寄ってきた。


「フィーナのおかげなんだ……」

「私の……?」


 俺は、手のひらに握られていたペンダントを差し出す。


「これがあったから……乗り越えられた」


 フィーナは、そっとペンダントを受け取る。 その目に浮かんだ涙が、一粒だけ頬を伝って落ちた。


「この短期間で、随分と成長したようね」


 クレアが小さく目を細めて俺を見つめる。 何かに気づいたような様子だったが、言葉は続けなかった。


「……まぁ、いろいろあったからな。正直、もう二度とやりたくはないけど」


 クレアが同意するように小さく頷いた。


「まずは、帰ってゆっくり休むといいわ。ラズヴァン様が、食事を用意してくださっているから」


 クレアに促され、俺たちは〈祈りの窟〉を後にした。




* * *




 ラズヴァン邸の広間には、豪華な料理がずらりと並んでいた。


「気にせず食べるといい。遠慮は無用だ」


 ラズヴァン辺境伯のその言葉に甘えて、俺は久々の食事を口に運ぶ。

 じんわりと力が満ちていくような感覚が、疲れた体に染み渡った。


「なんだか、逞しくなった気がするな。正直、乗り越えられるとは思っていなかった。シェスタが見込んだだけのことはある」


「……ありがとうございます」


「だが、強くなったとしても呪いが消えたわけではない。ダンジョン攻略のための力は手に入れられたのか?」


「はい。今の俺なら、この状態でも戦えると思います。必ず、攻略してきます」


「そうか。キミには頼りになる仲間もいるようだしな」


 ラズヴァンの視線が、フィーナへと向けられる。


「この子、私に魔法を撃ってきたんですよ」


 クレアがこともなげに口にした。


「そ、それは! そうするしかなかったからで……!」


 フィーナが赤くなってしどろもどろになる。

 そのやり取りに、場が和む。


「でも確かに、彼女もこの数日で随分と成長したわ。魔力の扱いも、魔法の精度も、驚くほどね」


「そうなんですね。フィーナとなら、必ず攻略できると思います」


「そうか。それは何よりだ」


 ラズヴァンが満足げに頷いたところで、クレアが一言。


「ギルドに連絡を入れておいたわ。時期に迎えが来るはずよ」


 食事が終わってほどなくすると、ギルドの馬車が到達した。降りてきたのはミランダだった。


「アヤトさん……無事に帰ってきてくれて、本当に嬉しいです。ギルドでも、みんな待ってますよ!」


「……みんな?」


 どういうことだろう?

 その言葉に、俺は首をかしげながら、馬車に乗り込んだ。




* * *




 ギルドへ戻ると、そこで待っていたのはライナーを始めとした冒険者達だった。


「よく戻ってきたな。お前さんにはほんと、驚かされてばかりだ」


 ライナーは腕を組み、俺の顔をまじまじと見つめた。

 しばらく言葉を探すように口を噤んでから、ふっと目を細める。


「……顔つきが変わったな。前より、ずっといい目をしてる」

「そうかな?」


 よくわからないが、ラズヴァン辺境伯にも同じような事言われたな。


「自分じゃ気づかないもんだ。ま、見りゃ分かる」


 そんな会話のあと、彼はポンと俺の肩を叩いて、ひとつの巻物を取り出した。


「ほら、これを使え。第8層までのマップ情報だ。自分のマップに転写しておくといい」


 そう言いながら、ライナーが俺のマッピング機能移し替えのやり方を教えてくれる。


「ああ、こうやってやるのか……なるほど」


 ありがたく受け取り、教わった通りにコピーを開始する。


「このルートを進めば、最下層に到達するまでにリョウタ達に追いつける可能性は十分ある。ただし――」


 ライナーが真剣な目つきで俺を見据える。


「このダンジョン、少し様子がおかしい。第5層以降は通常のダンジョンより気候変動が激しい上に、魔物の出現具合も場所によってムラがある。しかも、フロアごとの構造が微妙に変化しているような報告も出てる。ダンジョンそのものが“生きてる”みたいに、不安定な動きを見せてるんだ。くれぐれも気を抜くなよ」


「……わかった。十分注意するよ」


 その言葉に、俺も背筋を伸ばす。

 リョウタを追い越すためには、力だけじゃなく、観察と判断も必要になる。油断した瞬間に置いて行かれる――そんな予感がするダンジョンだ。


「それと、これも持って行け」


 そう言って渡されたのは、旅の装備一式だった。保存食、ポーション、簡易テントに加えて、乾燥剤や応急処置用の薬、さらには携帯型の小型魔導灯まで詰まっている。戦闘だけでなく、探索全体を支える道具が、これでもかと揃っていた。


「……こんなに、いいのか?」


 思わずそう漏らすと、ライナーは苦笑まじりに肩をすくめる。


「ギルドのみんなからの餞別だ。俺も少しだけ出資してるけどな。お前さんが帰ってきたって聞いて、みんな“今度こそ行ける”って空気になってる。だからその代わり――リョウタ達より先にクリアしてこいよ」


「言われなくても、そのつもりだ。俺のほうが先に行くって、あいつに証明してやらないとな」


「はは、そりゃ、頼もしいな!」


 バンッ、とライナーが俺の背中を叩く。周りのみんなも応援の言葉をかけてくれた。

 その衝撃が、まるで合図みたいに胸の奥で何かを点火する。

 そうだ、俺はもう一人じゃない。


 もらった声と想いを、そして手にした力で前に進むだけだ。

 俺は隣に立つフィーナの顔をちらと見て、再び正面を向く。


 そして、力強く頷いた。



「行こう、フィーナ」



―――



【ステータス表示】


名前:ハヤツジ アヤト

ジョブ:――

称号:歩む者

レベル:1


【能力値】


HP:84/90(呪い)

MP:997/1005(+615)

筋力:15(呪い)

耐久:17(呪い)

敏捷:10(呪い)

知力:165(+131)

精神:201(+123)

器用:131(+80)


【習得スキル】


◆《心撃》

効果:敵の精神を穿つ一撃。使用時、装備・防御効果無視のダメージ。


◆《気導崩拳》

効果:MPを消費し、精神の力を打撃に変換して放つ拳技。精神の高さに応じて威力が上昇する。


◆《精霊拳・ウィプスバレット》

効果:拳に凝縮した光霊の気を、拳圧として前方へ射出する。命中時、閃光と共に小範囲の敵に魔法防御無視のダメージ。


◆《封環陣》

効果:自分を中心とした小範囲に魔法攻撃および自然環境による影響を一定割合軽減する陣を展開する。展開中は断続的にMPを消費する。


◆《瞑想》

効果:精神を集中して、HP、MPの回復を早める。


◆《精神統一》(パッシブ)

効果:ダメージを受けないと集中状態に入り、スキル発動速度・精度UP。


◆《気配察知》(パッシブ)

効果:敵の接近や隠密行動に気づきやすくなる。


◆《精霊言語》(パッシブ)

効果:精霊と意思疎通できるようになる。


◆《呪い耐性》(パッシブ)

効果:呪いに対する耐性が上がる。

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