第30話 ラズヴァン辺境伯

 辺境伯の邸宅──正式には〈ラズヴァン辺境伯家〉──は、街の中心部からさらに奥へ進んだ丘の上にあった。高い塀と重厚な門構え。外観からして格式と歴史を感じさせる。


 門の前で、ミランダが懐から紹介状を取り出す。封をしたままの羊皮紙には、ギルドマスター・ジェイクの署名と印章が押されていた。


「ギルドマスター直筆の紹介状です。ご確認を」


 門番の兵士がそれを受け取ると、しばらくして門が開かれた。


「お通しします。応接間でお待ちください」


 案内された応接間は、天井が高く、壁には大理石と金細工の装飾が施されていた。俺たちは緊張しながらソファに腰掛け、しばらく待つ。

 そして、しばらくして重々しい扉が再び開いた。


 入ってきたのは、四十代後半ほどの貴族風の男と、十代前半ほどの少女だった。男がラズヴァン辺境伯だろう。そして隣の少女──もしかしたら俺より年下なのかもしれない、は年相応の可愛らしい容姿とは裏腹に、鋭い眼差しをこちらに向けていた。


「ご足労いただいたな。私はラズヴァン。この地を預かる者だ」


 落ち着いた低音の声が響く。


「そして、こちらが我が家の魔導士長──〈クレア=ルヴィア〉だ」


「……よろしくお願いします」


 クレアと名乗った少女は、抑揚を抑えた口調で短く挨拶する。

 見た目の割りに随分落ち着いているな。フィーナも同感なのか、クレアの姿をじっと見つめていた。


 俺達も順番に名乗って自己紹介を終える。ミランダが軽く頭を下げ、経緯を説明し始めた。


「今回の件は、冒険者ギルドとしても見過ごせない状況です。アヤトさんは勇者召喚の対象でありながら、呪われた装備により戦闘不能状態に近い状況にあります」


 辺境伯が目を細め、クレアへ視線を向ける。


「クレア、確認してくれ」


「……はい」


 クレアは手を掲げ、呪文を唱える。ふわりと淡い光が俺の全身を包んだ。

 おそらくはステータス確認用の術式──目に見えない文字列が彼女の視界に映っているのだろう。


「……」


 一瞬、彼女の眉がぴくりと動いた。が、すぐに何事もなかったかのように無表情に戻る。


「確かに、彼は勇者として召喚された者です。そして現在、強力な呪いにより筋力、敏捷、耐久といった主要パラメータが大幅に低下しています」


 静かな声が、部屋に響いた。


「うむ、手紙に記されていたことは事実のようだな。それで、君達の目的は何だ?」


 辺境伯の問いに、俺は立ち上がって頭を下げた。


「どうか、〈祈りの窟〉を使わせてください。今話にあったように、俺は呪いによってまともに戦う事が出来ません。ですが、残された精神と知力の力で、再び戦えるだけの力を手に入れる突破口を見つけたいんです」


 辺境伯は眉をひそめ、首を横に振った。


「そこは宮廷魔導士のための修行場だ。一般人を通すわけにはいかん。たとえ君が勇者であっても、王都の許可証がなければ中に入れることは出来ない」


「その通りです」


 クレアが静かに口を挟んだ。


「そして、あなたの現在のステータスでは、祈りの窟に耐えられるとは思えません。下手をすれば、精神を壊されます」


「その通りだ。無理に力を手に入れるより、まずは呪いを解く手を探すべきだろう。王都の大聖堂や高位神殿であれば、あるいは……」


 辺境伯が諭すように言った。

 当然の提案だ。だが、今の俺には時間はない。


「それができれば理想ですが、王都までの往復には時間がかかりすぎます。……祈りの窟の使用をお願いした理由も、紹介状に書かれているはずですが──王都に向かう時間の猶予は、残されていません」


 辺境伯はもう一度紹介状に視線を落とし、小さく息を吐いた。

 俺はそっと、懐から一通の封書を取り出す。


「これを見ていただけませんか」


 クレアが目を細める。辺境伯も興味深そうに視線を向けた。

 辺境伯に封書を手渡す。

 銀の封蝋には、王家の双頭獅子の紋章。そう――街についた時にシェスタから貰った王族の通行証だ。


「これは……王族の……どこで手に入れた?」


「この街へ来る旅の道中、第六皇子ユリエル様の一行と遭遇しました。その際、諸事情により皇子を我々の馬車で街へお送りする事になりました。そのお礼にと護衛騎士のシェスタさんから……これを預かっていました」


「……なるほど。確かに、先日皇子はこの街に立ち寄られている。その時にシェスタが話していた少年とは君のことだったか」


 辺境伯が封を開け、中の文面を確認する。そして一瞬だけ視線を上げてこちらを見た。


「シェスタに、一騎打ちで勝利したそうだな」


「あの騎士団長に……!?」


 ミランダが息を呑んだ。

 クレアの目がわずかに大きくなり、こちらを見ている。


「シェスタは、王妃が抱える近衛騎士団――《紅盾(スカーレット・シールド)》の団長……最強の女騎士と言われているほどの実力者だ。なるほど、この通行証が本物であるならば……」


 辺境伯は封書を丁寧に閉じると、静かに頷いた。


「いいだろう。〈祈りの窟〉への入室を許可しよう」

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