第21話 獣星の名を持つ剣たち

 鍛冶工房に、再び火が灯っていた。


 炉の熱はいつもと変わらぬはずなのに、そこに立つ職人たちの心はどこか浮き立っていた。アルクとレコナが、ついに完成させた十本のオリハルコン剣。その美しさと機能性は、鍛冶師たちの魂に火をつけ、見る者すべてを魅了した。


 そして今、剣たちは静かに布に包まれたまま、王の前に並べられている。


「……これが、オリハルコンの剣か」


 王はひとつひとつの柄に手をかけ、その形状、重量、重心を確かめるように撫でた。どの一本も、違った個性を放っている。刃の形も鍔の意匠も、握りの加工も、まるでそれぞれが生き物であるかのように主張している。


「……ふむ。して、これらの剣に名を与えるつもりである、と」


 王の問いに、レコナが一歩前に出て、頷いた。


「はい。一本一本が違う命を持っているように感じられます。だからこそ、それぞれにふさわしい名前を――」


 王はそれを制するように、ゆるやかに手を上げた。


「うむ、それでよい」


 そして小さく笑いながら続けた。


「……実はな。既に、婿殿支援隊からの報告書に目を通しておる。なにやら、婿殿と我が娘が楽しげに命名の相談をしていたとあってな」


 その言葉に、レコナは小さく咳払いし、アルクは肩をすくめる。


「名を与える行為は、力を定め、魂を結ぶ儀だ。我が王国では、古くより“獣星”になぞらえることで、武具や船に祝福を宿らせてきた……知っておったか?」


「い、いえ……」と、アルクは正直に首を横に振る。


「だが、きっと合うと思う」


 王は目を細めた。


「獣星とは、夜空に散らばる霊なる星々。王国に伝わる十二の名は、かつて神々と共にこの大地を駆けたとされる獣たちの星であり、勇者の剣にもその名が刻まれておる」


「それを……僕たちの剣に?」


「うむ。今宵、命名の儀を執り行おうではないか」


 王は玉座から立ち上がると、配下の者たちに命じた。


「工房の広間に、星見の祭壇を用意せよ。灯火を落とし、夜天に獣星を仰ぐのだ」


 


 * * *


 


 その夜、鍛冶工房の広間は静寂に包まれていた。


 灯りは最小限に絞られ、天窓からは満天の星が降るように光を注いでいる。炉も冷やされ、ただ夜の空気だけが静かに場を支配していた。


 円形に並べられた十振りの剣。その中央に、祭壇が据えられ、王とアルク、レコナ、工房長ドレル、そして婿殿支援隊の面々が控えていた。


 王が一歩進み出ると、深く息を吸い、静かに語り始めた。


「ここに、十振りの剣が生まれた。いずれも、我が王国の未来を担う命の象徴である。これらに、夜空の獣星より名を与える」


 そして、一本ずつ剣の布が解かれていく。


「これは……細身の直剣。切っ先が星のように尖る……」


「『ヴァルズ=フェンリ』、狼の星になぞらえましょう。狙いすました一撃を、その牙で」


「うむ、良き名じゃ」


 王は満足げに頷いた。


 次に、湾曲した幅広の剣が現れる。


「これは、竜の尾のようにしなる……」


「『グリオ=ザルディ』。重く、鋭く、鎧ごと断ち割る一振りです」


 工房の空気が、名のひとつひとつに引き締まっていく。剣はもはやただの武器ではなく、魂を持った“存在”となっていく。


「『ノワル=キリア』、月夜に忍ぶ猫のごとく」


「『リュミ=カルナ』、角を宿した鹿の光を」


「『エラ=ヴァステア』、風を切り裂く鴉の嘆き」


「『オルド=レガリス』、鋼の猿、力を宿す大剣」


「『キュルス=アリオナ』、蒼蛇のごとき波刃の舞」


「『ベラ=カロルス』、鐘鳥の音が戦場を揺らす」


「『ユグ=ダリオン』、突進する黒角牛の刃」


「……そして最後に、『セラ=エイミナ』、星と蝶が舞う軽剣。技と舞を極めし者の刃」


 すべての剣に、名が与えられた。


 その瞬間、鍛冶工房にわずかな風が吹き込んだ。天窓の外で、流星がひとすじ、夜空を駆けた。


「……見たか、流れ星じゃ」


 王の声に、誰もが夜空を見上げた。


「我が王国は、守られている……この子たちが、星となり、未来を切り開いてくれる」


 その言葉に、アルクも、レコナも、そっと頷いた。


 


 * * *


 


 こうして、十振りの剣は魂を得た。


 獣星の名を冠した武器として、王国の記録にその名を刻むこととなる。


 その裏で、帝国は静かに牙を研ぎ澄ませていた。


 だがそれは、まだ夜の帳の奥に隠されたままだった――

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