第7話 初めての町

森での騒動を乗り越えた一行は、ようやく王都への道の途中にある町へと到着した。

名をエルク村というこの町は、規模こそ大きくないものの、王都へ続く街道の要所に位置し、隊商や旅人がひと息つくにはちょうどよい“宿場町”である。


町の入り口には、簡素ながらも丁寧に組まれた木の柵が張り巡らされていた。外敵――というよりは、野生動物除けの意味合いが強いだろう。

石畳の道はよく整備されており、道端には色褪せた看板を掲げた宿や、商人たちの屋台が点在していた。


「うわぁ……!」


その風景に、アルクが思わず感嘆の声を上げた。


「どうしたのよ?」


「なんか、すごい。建物が……いっぱいで……」


アルクの目は輝いていた。

2000年もの間、人里離れた場所でひとり生きてきた彼にとって、“他者が築いた世界”は、まるで異国のような眩しさを放っていた。


「こ、これ……お城?」


アルクが指差したのは、木造と石造りを組み合わせた、4階建ての頑丈な造りの宿屋――この町で最も大きな建物だった。


「違うわよ!あれは“宿”って言って、旅人が泊まるところ!」


「へぇ……」


「あははっ、アルクってやっぱり面白いわね!」


その場の空気がふっと柔らかくなる。


宿旅人亭の帳場で、レコナが部屋割りの手続きを進めていると――

アルクは建物の梁を見上げて口をぽかんと開けたまま立ち尽くしていた。


「おぉ……。でっかい木が組まれてる……。あれ、どうやって持ち上げたんだろ……? すごい……」


宿の柱に顔を押し付けて、クンクンと匂いを嗅ぎはじめる。

さらに壁に耳を当てて「うんうん……」と唸ったかと思えば、今度は床に寝転び、目を凝らして床板の継ぎ目を観察していた。


「……アルク、何してるの?」


「えっ? “どうやって組んでるか”見てるんだよ……。木と石と、えっと……この板、すごくきれいに削ってある」


「そういうのは後にして、今は受付の人に失礼がないように――」


「あっ、ねぇ、ねぇ、あの女の人の匂い、いい匂いする!」


その瞬間、空気が凍りつく。


「―――っっっ!!」


「アルクーッ!!」


レコナの脳天に血が上った。即座に手刀が振るわれ、アルクの額にパシーン!と良い音が響いた。


「い、痛っ!?な、なんで!?」


「“なんで”じゃないでしょっ!受付の人に向かって、いきなり“いい匂い”とか言うのは失礼極まりないわよ!!」


「え、え? でも、すごく……やさしい香りで……なんか、好きな匂いで……」


「そーゆーのは、もっと、こう……言い方ってもんがあるのよぉ!!」


後ろの兵士たちは、顔を引きつらせつつも、声を殺して笑っていた。受付の女性はぽかんと口を開けていたが、次の瞬間、思い出したように顔を真っ赤にして会釈した。


「あ、あの……べ、別に気にしてませんから……」


「うわぁぁごめんなさいぃ!!」


レコナは慌ててその場を取り繕い、アルクの耳を引っ張って宿の外へと連れ出した。


「あっ、いててててっ!!レコナぁ! 耳、耳がぁー!」


「このおバカっ!!いきなり“いい匂い”とか、“お城?”とか、“すごい”とか、“きれい”とか、“あったかい”とか……!」


「だって、ほんとにそう思ったんだもん……。久しぶりに“人が作った”ものに触れて、いろんな匂いがして、どれも新鮮で……」


「はあ……」


レコナは呆れて天を仰いだが、その顔は少し和らいでいた。


「……じゃあさ。次からは“心の中で”思うようにしなさいよ?」


「う、うん……」


「ったく、手がかかるんだから」


と、そのとき。

後ろの入口の陰から、覗き見していた兵士たちとバッチリ目が合った。


「……アンタたち、見物料取るわよ!!」


レコナの怒号が再び響き、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


その背中を見送りながら、レコナはアルクの方に視線を戻す。


すると――


「……でも、レコナの匂いが、いちばん好き……」


「~~~~~っっっっ!!!!!」


レコナの顔は、まるで茹で上がったエビのように真っ赤になった。


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