第17話:村人たちの結束と、デバッグ大作戦の準備(とセシリアの指揮官ごっこ)

 ミストラル村の広場。

 セシリアの必死の訴えは、瘴気しょうきに覆われ、不安と絶望に沈んでいた村人たちの心に、小さな波紋を投げかけた。

 ある者は恐怖に顔を歪め、ある者は疑念の眼差しを向け、またある者は、すがるような思いで聖女の言葉に耳を傾けていた。


 最初に沈黙を破ったのは、村長ゴードンだった。

「皆の者、聞いた通りじゃ。聖女様は、我々を、そしてこの村の守り神であられたシルフィード様をも救おうとしておられる。わしは……わしは、この聖女様を信じる! この村の未来を、聖女様に託したいと思うておる!」

 その声は、老いてなお力強く、村人たちの心に響いた。


 続いて、エドガーが前に進み出た。

「俺も聖女様に協力します! ティナやケントを助けてくれたのは、聖女様とティアラ殿のお力だ! 今度は俺たちが、聖女様をお助けする番だ!」

 彼の言葉に、村の若者たちが次々と賛同の声を上げる。

「そうだ、エドガーの言う通りだ!」

「俺たちも戦うぞ!」


(お、なかなか熱い展開じゃないか。ユーザーの信頼度、カンストしたな。これなら協力も期待できる。民衆の支持を得るのも、プロジェクト成功の重要な要素だからな)

 優は、ティアラの内部で満足げに頷いた。


 こうして、村人たちの心は一つになった。

 次に、優はティアラの演算能力をフル回転させ、精霊シルフィードを鎮め、いにしえほこらのシステムを正常化するための具体的な作戦を立案した。

 名付けて、「精霊シルフィード・OS再インストール大作戦(仮)」である。ネーミングセンスについては、優自身もあまり自信がなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 作戦の概要はこうだ。

 まず、村人たちが祠の周辺に、聖水や聖なる力を込めたお守りを使って簡易的な聖属性結界を張り、外部からの瘴気しょうきの流入を一時的に遮断し、安全な作業エリアを確保する。

 次に、エドガーを中心とする戦闘可能な者たちが、結界の防衛と、万が一祠から漏れ出してくるバグモンスターの迎撃を担当する。

 そして、セシリアはゴードンから託された「シルフィードの守り石」を使い、ティアラ(優)の出力を最大化。(守り石に秘められた聖属性エネルギーが、ティアラの魔力コンバーターと共鳴し、外部バッテリーのように機能することで、通常時よりもはるかに安定した高出力のエネルギー供給が可能になるのだ。これにより、優の演算能力やセンサー感度も一時的に向上し、シルフィードの複雑なコアシステムへの精密なアクセスが期待できる) ティアラがシルフィードのコアシステムにアクセスし、暴走しているプログラムを強制的に停止させる。

 最後に、セシリアが聖女としての全聖力を注ぎ込み、コアシステムに「初期化コマンド(浄化)」を送信し、システムをクリーンな状態に戻す――というものだった。


(セシリア、この作戦、お前が村人たちに説明しろ。リーダーシップも聖女の重要なスキルだぞ。まぁ、お前にそんな高度なスキルがあるとは思えんがな。せいぜい、カンペ通りに読み上げるくらいだろうが)

 優は、セシリアにそう念話で指示した。


「は、はいっ!」

 セシリアは、緊張で顔をこわばらせながらも、村人たちの前に進み出た。

「み、皆さん! これから、ティアラさんが考えてくれた作戦を説明します! えっと、まず、皆さんに結界を……その、聖なるバリアみたいなものを、祠の周りに張っていただいて……それで、私がティアラさんと一緒に、えーっと、OSを……?」

 案の定、セシリアの説明はしどろもどろだった。専門用語(優が教えたままのSE用語)が飛び出し、村人たちはポカンとした表情で顔を見合わせている。


(……やっぱりダメか、この不器用ユーザーめ。仕方ない、俺がフォローする)

 優は、ため息をつきつつ、セシリアの頭を通して、彼女自身の言葉であるかのように聞こえる形で、作戦内容を分かりやすく、そして力強く補足説明していく。

 ティアラから発せられる(ように見える)セシリアの流暢な言葉、そしてその堂々とした態度に、村人たちは先ほどまでの不安を忘れ、深く頷き、作戦への協力を快く承諾した。


「おお……聖女様、いつの間にあのようなご立派な話し方を……! きっと、ティアラ様のお導きに違いあるまい!」

 ゴードン村長は、セシリアの(ティアラによる)変貌ぶりに感涙している。

(いや、中身は俺だがな。まぁ、結果オーライか。ユーザーインターフェース(セシリア)の性能はイマイチだが、バックエンド(俺)が優秀だから問題ない)

 優は、そんなことを考えていた。


 作戦は直ちに実行に移された。

 村の女性たちは、サラ(エドガーとケントの母)を中心に、手分けしてポーションや聖水、そして結界を張るために必要な聖なる力を込めたお守り(木の枝や小石に祈りを込めたもの)の準備を始めた。その手際の良さは、普段の生活で培われた知恵と、村を守りたいという強い思いの表れだろう。

 男性たちは、エドガーの指揮のもと、各自が持ち出せる武器(農具や狩猟用の弓矢など)を手に取り、祠へ向かうための準備と、防衛チームの編成を行った。その顔には、恐怖よりも決意の色が濃く浮かんでいる。

 ティナたち子供も、自分たちにできること――お守りに一生懸命祈りを込めたり、大人たちのために水を運んだり――で、この一大プロジェクトに参加していた。


 村全体が、まるで一つの大きな家族のように一致団結し、それぞれの持ち場で決戦の準備を黙々と進めていく。

 セシリアもまた、ティアラ(優)と共に、祠の水晶玉(シルフィードのコア)へアクセスするための精神集中の訓練や、聖力の増幅方法の最終確認を行っていた。

 彼女の頭上のティアラは、いつもより少しだけ温かく、そして力強く輝いているように感じられた。それは、村人たちの想いと、セシリア自身の決意が、ティアラを通じて優にも伝わっている証なのかもしれない。


(全リソース、投入準備完了! サーバーメンテナンス(物理)の開始だ! 失敗は許されんぞ、このおっちょこちょいユーザー! ……いや、今日のところは、聖女様、と呼んでやろうか)

 優は、セシリアの頭上で、静かに、しかし確かな手応えを感じていた。

 ミストラル村の運命を賭けた、最後の戦いが始まろうとしていた。

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