第26話 決戦、涙と星の狭間で

 エリスが静かに歩み寄ってくる。

 その手には、星を象った光の杖。そして、その背後──


 「っ……来るよ、ベビーさん!」


 ミリアの警告と同時に、残っていた『星巡りの使徒』の8人が左右から包囲を開始していた。


 「くっそ、やっぱ全員来やがったか……!」


 軽装のアサシンタイプが一人、霧の中から突っ込んできた。


 「させるかよ!」


 俺はスキル『這いよる寝返り』でゴロゴロ転がりながら迎撃、接触と同時にスタンが入る。

 そのすきにユズが飛び込み、剣を突き出して1人目をダウン。


 「あと8人!」


 「こっちも対応する!」


 ミリアが左翼側に詠唱を向ける。炎の束が絡み合い、空中から飛びかかってきた魔法職2人を撃ち落とす。


 「『エンチャント・フレア』、成功!」


 「ナイス!」


 でも、まだ6人。残りは、回復・妨害・狙撃の後衛組とエリス。


 「ユズ、後ろッ!」


 俺の叫びに、ユズがバックステップ。直後、狙撃手の矢が彼女の肩をかすめる。


 「くっ……ありがと、ベビーさん!」


 「『泣く』で援護する!」


 俺は息を吸い込む。


 「ふぎゃあああああああああああ!!!!」


 周囲に恐怖と混乱の音波が拡がり、敵後衛の動きがガタガタに乱れる。


 「やばっ、あの赤ちゃんまた泣いた!!」


 「視界揺れて詠唱できねえ!」


 「バフも切れた!? なんなんだよこのバグ仕様赤ちゃん!!」


 その混乱の中で、エリスが一歩、踏み込んできた。


 「ふふ、やっぱり……楽しい」


 彼女は笑みを浮かべると、軽く杖を構える。

 直感が告げていた──こっから先は、一瞬の判断で命が決まる。


 「ユズ、正面から頼む!」


 「了解ッ!」


 ユズが前へ、俺が側面を取るように展開。

 エリスは、まるで風のように杖を振るい、ユズの攻撃をいなしながら、俺の横合いを狙う。


 「この距離……もらったわ」


 「甘いぞ、エリス!」


 俺はタイミングを合わせてスキル『ハイパーハグダイブ』を発動。

 ピンポイントで飛び込み、エリスの腕を封じるように“抱きしめる”。


 「なっ……!? それ、厄介ね……」


 「やっちまえ、ミリア!」


 「『スターバースト・レイン』!!」


 上空から、無数の光の矢が降り注ぐ。俺が抑え、仲間が決める──泣き虫と魔法使い、三人の真骨頂。


 爆発と眩い閃光の中、何人かの敵が沈んでいく。


 『星巡りの使徒・メンバー5名がダウンしました』


 システムログが勝利を告げる。


 残るは、エリス。


「──次で、終わらせようぜ」


 俺たちは立ち上がる。

 たった3人でも、ここまで来た。

 だったら、最後まで。



 戦場は、静寂に包まれていた。


 砕けた石畳、燃え残る魔法の痕跡、そして倒れ伏す『星巡りの使徒』たちの影。

 残るは──ただ一人。


 銀と青の装束に身を包んだ魔法使い、エリス。


 彼女は軽く杖を掲げると、ゆったりと歩を進めた。

 その姿には、敗北の焦りも怒りもない。むしろ──どこか晴れやかですらあった。


 「……ここまで、やるとはね」


 そう呟いたエリスの瞳には、静かに燃える魔力の光が灯っていた。


 「『星巡りの使徒』の仲間たちを倒した。これは、誇っていい。だけど──ここからが本番よ」


 俺たち三人は、崩れた石壁を背に立ち並ぶ。

 息は切れている。回復アイテムも、残りわずか。


 でも。


 「ここからだって、三人でいける」


 俺の言葉に、ユズとミリアがうなずく。


 「うん。絶対、最後まであきらめない」


 「ミリアさんとベビーさんがいるなら……私は、絶対大丈夫」


 すると、エリスが小さく笑った。


 「ふふ……そう。じゃあ、見せてもらおうかしら。“泣き虫と魔法使い”の全力を──」


 その瞬間、エリスの杖が天に掲げられた。

 空が、星空に変わる。昼の戦場に、不自然なまでに濃い夜の帳が下りる。


 「詠唱開始──『星環連詠・アステリズム』」


 周囲の空間が、変わる。

 まるで宇宙空間のような重力感、視界を覆う淡い星屑、そして圧倒的な魔力の気配。


 「な、にこれ……っ」


 ミリアが震える声を漏らす。

 魔法使い同士だからこそ分かる。あれは、次元が違う。魔力の密度も、質も。


 エリスが静かに語りかける。


 「“本気の魔法使い”って、こういうものよ」


 彼女の杖が軌道を描くたびに、空に星図のような魔法陣がいくつも浮かび上がる。

 一つ一つが、単体でも大魔法級の威力を持つであろう紋章──それが、連鎖している。


 「3分以内に止めなければ……」


 「こっちがやられる……!」


 俺たちは同時に動いた。

 距離を詰める。詠唱を止める。全力の連携で、今ここで決着をつける!


 「ユズ、ミリア! 俺が囮になる! その隙に詠唱を──!」


 「だ、ダメです、ベビーさんが狙われたら──!」


 「やれって言ってるだろ、仲間だろ!俺を信じろ」


 俺は、ちっこい体で全力ハイハイ。

 魔法の星空の中を、まるで流星みたいに飛び込んでいく。


 止めるんだ、この光を──この魔法を。


 それが、このギルドを守るってことだから。



 ――星が、降ってくる。


 エリスの頭上には、いくつもの星型の魔法陣が浮かんでいた。

 それぞれが異なる属性、異なる軌道、異なる破壊力を秘めていて……そして、それらすべてが、ひとつの詠唱のもとに連鎖していた。


 「『星環連詠・アステリズム』……!」


 ミリアが絶句するのも無理はない。

 これは、ただの連続詠唱じゃない。全ての魔法が“同時に完成”するように、計算された超高等技術だ。


 もし発動されれば、俺たちは逃げ切れない。

 MAP外へ逃走するか、ログアウトしない限り、確実に“全滅”する。


 それくらい――わかる。


 「止めるしか……ねぇ!!」


 俺はスキル『這いよる寝返り』を発動。

 転がりながら魔法の光弾をすり抜け、エリスに突っ込んでいく。


 詠唱妨害。接近阻止。俺にできるのは、それくらいだ。

 でも、どんな一手でも、意味はあると信じたい。


 「ふふ……ベビー、来ると思ったわ」


 エリスは微笑むと、詠唱を止めずに杖を振る。

 その先から放たれたのは――無属性の純粋な魔力弾、『ルミナス・シェル』。


 「っ、速――!」


 反射でスキルを切り替え、『ハイパーハグダイブ』を強引に発動。

 軌道を捻じ曲げて、魔力弾の横っ面を回避しながら、空中からエリスへ飛び込む。


 が――届かない。


 直前で、重力のような圧力が俺を押し返した。

 空間制御の魔法。まさか、詠唱中にそんな防御も――


 「がっ……!」


 俺の体が地面に弾き返され、コロンと転がる。おしめが少し破れた。悲しい。


 「……でも、まだだ!」


 その瞬間、ユズが横合いから突っ込んできた。


 「ベビーさんは囮! 私たちで決めるんだよ!!」


 ユズの剣が振るわれ、ミリアの魔法が追随する。


 「『イグニス・ブレイド』!」


 「『シューティング・ペタル』!」


 紅の剣閃と、桜花のような光弾が同時にエリスを襲う。

 エリスは魔法の星陣のいくつかを解体して防御に回した。


 チャンス。


 星の詠唱が、一部止まった。


 「よし……あと少し!」


 俺は再びスキルを構える。泣いて、笑って、寝返って――全部出し切るつもりで。


 敵は一人。だけど、規格外。

 それでも俺たちは、三人だ。


 泣き虫と魔法使い――俺たちのギルドは、こんなもんじゃ終わらない!



 星の魔法陣が崩れていく。

 エリスの『星環連詠・アステリズム』は止めた。でも、まだ彼女は倒れていない。


 杖を構えるその姿は、美しくも、恐ろしい。

 たった一人になってもなお、あの目には揺らぎがない。


 「……あなたたち、すごいわね。ほんとに」


 静かに、エリスが呟く。


 「でも、私はもっとすごいのよ。見せてあげる、本物の魔法使いってやつを」


 再び詠唱が始まる。けれど、それはもうさっきのような大規模魔法じゃない。

 単体狙いの速攻魔法――今度は、確実に俺を狙ってきている。


 「ベビーさん、下がって! いったん……!」


 「下がれない! ここで逃げたら、終わる!」


 ユズとミリアの声を背に、俺は思いきり地面を転がった。『這いよる寝返り』発動!

 転がりながら、エリスの魔力弾をかろうじて回避。


 次の瞬間、反撃。『夜泣き』!


 「ふぎゃああああああ!!」


 泣き声の波動が戦場に響く。エリスがピタリと動きを止め、眉をひそめた。


 「……うるさいわよ」


 睡眠は入らなかった。でも、微細な詠唱の乱れは生まれた。

 その一瞬が、命取り。


 「ユズ! ミリア! 今だ、援護頼む!」


 「了解っ!」


 「『フロストチェイン』!」


 ユズの剣が地を走り、ミリアの氷魔法が足元を縛る。

 動きが鈍った。チャンスは、今しかない。


 「行くぞおおおおおおお!!!!」


 俺は全力で走り、スキル『ハイパーハグダイブ』発動。

 宙を飛ぶ赤ちゃん。その姿は――滑稽だ。でも。


 「ま、また……!?」


 エリスが慌てて杖を振り上げる。魔力の障壁が展開される。

 だが、こっちはその上を行く。


 「泣け! 俺!」


 『泣く』スキル発動!!

 障壁に向かって、絶叫。


 「ふぎゃああああああああああああああ!!!!」


 状態異常付与――発動!

 恐怖、混乱、スキル封印……そのうちどれかが、命中した。


 エリスの魔力が、弾けるように消散。


 「くっ……!? うそ……封印、された……!?」


 その瞬間、俺はエリスの胸元へ一直線に突っ込んだ。


 「これが……赤ちゃんの本気だあああああ!!!!」


 抱きしめる。『ハイパーハグダイブ』、直撃。


 星の魔法陣が砕け、杖が宙に舞い、エリスの体が後方へ吹き飛ぶ。


 着地と同時に、システムログが表示された。


 『星巡りの使徒・エリスを撃破しました』 

 『ギルド戦 勝利:泣き虫と魔法使い』


 沈黙。

 それから、ミリアとユズの喜びの声が弾けた。


 「やったああああああああ!!」


 「すごいよベビーさん……ほんとに、すごい!!」


 俺はおしめをはためかせながら、ちょこんと地面に座る。


 「へへっ……俺だって、やるときゃやるんだよ……!」


 ベビーの叫びが、戦場に木霊した。



 戦いが終わると、空が元に戻っていた。

 魔法の星空は消え、代わりに夕焼けが戦場を優しく照らしていた。


 俺たちの足元には、魔法の残滓が光の粉となって舞っている。

 それが、まるで――勝利を称える祝福の花びらみたいだった。


 「……ふふ。やられちゃったわね」


 地面に膝をついたエリスは、少しだけ悔しそうに笑った。

 でも、その目にはどこかすっきりしたような光があった。


 「あなたたち、本当に強かった。とくに……その小さな小さなおしめ君」


 


 「おしめって言うな! 俺の事はベビーと呼べ!!」


 「ふふっ……そう、ベビーくん。ちゃんと覚えておくわ」


 そう言って、彼女は杖を背にしまい、ゆっくりと立ち上がる。


 「ミリア。色々と悪かったわね。断られて、少しだけ寂しかったけど……貴方達と戦って、気持ちが晴れたわ」


 ミリアは小さくうなずいた。


 「わたしも……戦えてよかった。今のギルド、大切だから」


 「そう。なら、またどこかで会いましょう。今度は、もっと強くなって」


 エリスは風のように去っていった。静かに、堂々と。


 その背中を見送りながら、俺たちはそっと肩を並べた。


 そこへ、耳をつんざくようなアナウンスがゲーム中に響いた。


 『緊急速報! ギルド『泣き虫と魔法使い』がギルド『星巡りの使徒』に勝利!』

 『ライブ配信視聴数:76万オーバー突破』

 『SNSトレンド1位:#赤ちゃんプレイヤー強すぎ問題』


 

 「ちょ……!? え、何この通知!?」


 「え、えええ!? ベビーさん、バズってます!? ていうか“強すぎ問題”って何!?」


 「勝ったのはみんなのおかげだろ!? 俺だけの力じゃないって!!」


 ログイン中のチャットウィンドウが騒がしくなる。

 フレンド申請、ギルド加入希望、取材依頼、ファンアート(赤ちゃん)……いろんな通知が吹き出しのように溢れてくる。


 「あははっ……すごいね、ベビーさん」


 ミリアが笑った。やさしい笑顔。

 ユズも、少し照れくさそうに笑っていた。


 「やっぱ、泣き虫と魔法使い……最高だよ」


 そうだ。俺たちのギルドは、3人だけの、小さなギルドだ。

 でも――世界中にだって届く。


 そのことを、今日の戦いが証明してくれた。


 俺は静かに空を見上げる。

 おしめが、風になびいた。


 

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