第14話 ベビー、胎動の間を攻略する

 ──転移魔法陣が、ふっと消える。


 その瞬間、空気が変わった。


 目の前に広がったのは、禍々しい赤黒の胎壁に囲まれたドーム状の大空間。

 中心には巨大な“繭”のような物体が浮かび、低く脈動している。


 

 ズゥゥゥン…… ズゥゥゥン……


 その音は、まるで心臓の鼓動。

 だけど、どこか嫌な感じがした。

 寒気と圧迫感、肌が粟立つような不快感。まるで、生きている“場所”そのものが──俺を見ているかのようで。


 「……これ、ボスか」


 なんの冗談かと思った。

 初心者ソロでここまで来たのも無謀だったが、ここから先はさらに“運”に頼るしかない。


 そのとき。


 繭がピキピキと音を立てて裂け、中から巨大な“赤子のような形をした異形”が這い出てきた。


 

 『胎魔エンヴィリア Lv.??』


 

 データ未登録。レベル表示なし。

 つまり、“隠しボス”──想定されていないレベルの強敵だ。


 「こっちも赤ちゃんなのに、なんで敵も赤ちゃんみたいな見た目なんだよ……!!」


 

 突如、胎魔が咆哮した。

 空間全体が震え、俺のHPがごっそり削れる。


 『システムメッセージ:胎魔の咆哮により防御力50%ダウン』


 「おいおい、ずるいって……!」


 でも、ここで終われるか。

 何もできなかった俺が、今ここで何かを残すために──!


 「笑うッ!!」


 赤ちゃんのにっこり笑顔が発動し、バフと微量回復。

 HPをわずかに戻し、行動速度が上昇する。


 そこに、胎魔の巨大な腕が振り下ろされる。


 「這いよる寝返り《スリープローリング》ッ!!」


 転がって回避──そして接触スタン!

 隙をついてすぐさま接近。


 「ハイパーハグダイブッ!!」


 赤ちゃんが異形の胎魔にしがみつき、爆発的なダメージを与える。


 だが、胎魔は崩れない。むしろ、怒りで暴走し始めた。


 画面が赤く染まり、システムメッセージが重なる。


 『胎魔が第二形態に移行します』

 『“胎内還元”スキル発動準備中』

 『回避不可能:即死級攻撃の兆候』


 「やばい……! これは耐えられない……!」


 

 ──そのとき。

 俺の脳が、勝手に一つのスキルを選んでいた。


 「……泣け、俺──“泣く”!!」


 無垢なる咆哮が炸裂した。


 赤ちゃんの泣き声が、空間そのものを揺らす。

 恐怖・混乱・スタン・スキル封印・装備解除──状態異常がすべて確率で発動する広範囲スキル。


 それは、胎魔のスキル詠唱を完全に止めた。


 エフェクトの中で、異形の姿がよろめき、崩れ落ちる。

 世界が白く染まり──ログが表示された。


 『胎魔エンヴィリア撃破』

 『称号「無垢なる咆哮者イノセント・クライ」を獲得しました』

 『隠しダンジョン「胎動の間」を単独クリア』

 『全サーバー告知が行われました』


 

 「…………え?」


 とんでもない音量で、全サーバーに通知が流れた。


 

 【告知】プレイヤー「祝福の遺児」が「胎動の間」をソロクリアしました!

 特殊称号「無垢なる咆哮者」獲得!


 


 目の前の赤黒い空間がゆっくりと消え、転移ポータルが出現する。


 ──その出口の先に、ぽつんと、誰かの姿があった。


 「ベビーさんっ!? どこに行ってたの!? な、なんか変なログが──」


 ミリアだった。

 さっきまで寝ていたというのに、俺の通知を見て慌ててログインしてきたらしい。


 心配そうな顔。でも……どこか、嬉しそうにも見えた。


 「……まったく、もう。一人でそんなとこ行っちゃ、だめでしょ」


 俺はにへらと笑った。


 ──やっぱり、このゲームは、彼女と一緒のほうが楽しい。



 俺とミリアは並んで街へと戻った。

 ダンジョンでの出来事は、現実感が薄れているというか──夢の中だったような、そんな気分だ。


 けれど。


 街の門が見えた瞬間から、空気が変わった。


 「──あっ、あの赤ちゃん!? ほんとに本物!?」


 「動画と同じ! ほらあのフォルム、完全一致だって!」


 「ていうか赤ちゃんソロで“胎動の間”ってマジでどうやったの!?」


 門の前に集まっていたプレイヤーたちが、こっちを見て一斉に騒ぎ出した。

 まるでアイドルのライブ帰りに出待ちしてるファンみたいな熱気。


 ……え、なに? 俺そんなにヤバいことしてた?

 て言うか、運営もう動画アップって仕事早過ぎるだろ。

 

 「ふふ、ベビーさん……すごいことになってるよ」


 隣で、ミリアがちょっと面白そうに笑った。

 プレイヤーたちはあれよあれよという間に近寄ってくる。中には記念撮影を求めてくる人もいた。


 「少しだけでいいんで、泣くスキルやってください!」


 「“寝る”モーションください! あと“ハイパーハグダイブ”ってほんとにあるんですか!?」


 俺はといえば……。


 (……恥ずかしさで死ぬ)


 マジで逃げ出したかった。

 ベビーのアバターは元から小さいから、ほぼ全員に見下ろされてる状態。さらし首じゃん。


 そして、やたらシュールな動きのモーションが次々披露されていく。


 「……うぉぉ、ほんとにハグダイブしたぞ!」


 「この見た目で状態異常モリモリとかチートすぎんだろ!」


 「いやほんと、ゲームバランス壊してくれてありがとう」


 

 感謝されてるんだか、ディスられてるんだか分からない言葉が飛び交う。


 それでも、ミリアはそんな俺を少し離れた場所から見守っていた。

 前みたいに、どこか寂しそうな表情じゃなく、安心したような、誇らしげな顔で。


 

 ──ようやく、列がひと段落した頃。


 「おつかれ、ベビーさん。……すっかり人気者だね」


 「いやもう、マジで恥ずかしかった……。顔から火が出そう」


 俺がうなだれると、ミリアはクスクスと笑って、言った。


 「でも、すごかったんだよ。“あのダンジョンをソロでクリア”って話、もう動画になって拡散されてるもん。

 “伝説の泣き虫”、“おぎゃレジェ”、あと……“装備解除の抱きしめ爆弾”っていうタグもあった」


 「誰だよそのネーミングしたやつ……!」


 耳まで真っ赤になる。もう“ゲームの世界だから恥ずかしくない”っていう理屈は通じない。


 それでも──ミリアの笑顔を見ると、ちょっとだけ、報われた気がした。


 「……でも、ほんとびっくりだよ。私だったら即死でデスペナ間違いなしだったな」


 「運がよかっただけだって。実際今も色々よく分かってないしな」


 ふと、ミリアが俺のそばに寄ってきて、小声で言った。


 「じゃあ、今日の分の……“泣く”スキル、もう一回だけ見せて?」


 「……えっ? ここでか?」


 「うん、今だけは、私専用のベビーでいてほしいから」


 真顔でそんなこと言うなよ……恥ずかしいだろ。

 でも、しょうがない。こんな顔で言われてしまっては、断れるはずもない。


 「……おぎゃああああ」


 周囲のプレイヤーたちがざわつく中、俺はもう一度、誇りを持って泣いた。


 ──それが、街の中心に響いた、“英雄の産声”だった。

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