治せる言葉遊びと旅

須賀なぎすけ

プロローグ

 街から出ようとしている若い女性がいる。名はメリス。小柄な身を丈夫な革を使用した服装で包み、足元は、旅というより過酷な山を登るのに適しているようなブーツを履いている。肩に付かないほどの長さの髪は、毛先が一直線で切りたてのように見える。そんな彼女は後方からの野次を気に留めない様子で、『でいりぐち』と書かれた看板の下をくぐる。

 そのとき、野次よりもっと近くから、メリスに呼びかける若い男の声がした。

「ねえ! 名前はメリスだよね。俺はレイヴン。どこ行くの、旅? ならついて行くよ! 護衛は任せてくれていいからさ」

 メリスは頭上にクエスチョンマークを浮かべ、短い髪を揺らしながら振り向いた。そこにいたのは、長髪を後ろで一つに結んだ青年。彼の顔はメリスより頭一個と半分ほど高い位置にあったので、目を合わせるためにメリスは首を後ろに傾けた。

「……あなた、誰? 私、あなたのこと知らないけど。それに、急に話しかけて旅についてくるって何事? なんかほら、いらないの? 準備とか……」

「準備なんてこれ、相棒がいれば十分だ」

 同じような革服の腰に差した剣に手を乗せながら笑う。その返答のあまりの軽さにメリスは絆されてしまう。

「まぁいいか。戦える人がいるに越したことないもんね」

 メリスは深く考えない。物語の始まりとは、大抵そんなものだ。気にしていては先にはすすめまい。

「ばかばかー! もうくるなよ!」

「おまえなんかあっちいっちゃえ!」

 アホみたいな野次だ。メリスはこの街であまりよく思われていないようである。それもそのはず...——と、この話はまた後で。

メリスはやれやれと首を振りながら歩き出す。それに続くレイヴン。


「ねえ、髪切ったでしょ?」

「……どうしてそれを」

「あ、いや前見かけたときと随分違うなーと思って。どうして?」

「……旅に長い髪は邪魔かなと思ったから」

「それ俺に言う?」

「聞いたのはそっちでしょ」


 なんだか掴めない人物だが、憎めないしとりあえず信じてみることにした。しばらく歩くと深い森が見えてくる。いかにも何か出てきそうな暗い森。

 森に入ってすぐ、案の定、

「グルッ、ルグルルルルッ」

 何かが襲いかかってきた。素早く一歩前に出たレイヴンは、剣を抜いて受け止める。

 メリスは先程まで気怠げだったその目をぱっちりと開き、息を止めてそれをよく観察する。焦茶色の毛並みに赤く光る眼をした、狼のような動物。いかにも襲ってきそうな見た目である。メリスは何かに気付いた様子であった。

「いてっ。ねえメリスはさ、たとえ人を喰う獣でも大事に保護すべきとかいう動物愛護過激派の人間だったりする?」

「違うから一思いにやっちゃって」

「了解」

 そう言うと同時に一太刀で切り捨てるレイヴン。おぉーと拍手するメリス。照れたような顔でレイヴンは剣を鞘にしまった。

「まあ、こんなものるさ」

 そんな彼のもとへ近づき、その腕をじっと見つめたあと手に取った。

「ああやっぱり腕、ちょっとやられてる。私、これなら治せる。任せて。じゃ、まずあっち向いてホイしよう。知ってる?」

「…………は? あっち向いてホイ?」

「あれ、知らない? 珍しい人間だね、友達とかいた?」

「いや知ってるけど。『私治せる』からの『あっち向いてホイ』は意味不明すぎるよ。どういう繋がり? 俺何も繋がってないんだけど」

「まあまあ。減るもんじゃないし、いいからいいからとりあえずやろう。いくよ、じゃんけんぽい」

 反射でパーを出すレイヴン、対してメリスはチョキ。

「あっち向いてホイ」右を指差すメリス、上を向くレイヴン。

「じゃんけんぽい」今度はメリスがパー、レイヴンがチョキ。

「あっち向いてホイ」上を指差すレイヴンに、下を向くメリス。

「じゃんけんぽい」メリスがグー、レイヴンがチョキ。

「あっち向いてホイ」上を指差すメリスに、上を向くレイヴン。

 勝者、メリス。

「はい、治るよ」

「え?」

 腕を見ると、みるみる塞がっていく傷。

「どう……え? 待ってどういう?」

 ニヤッとするメリス。

「これが、私の得意技。簡単に言うと、簡単な言葉遊びをして、私が勝ったら相手の不調を治せるって感じ」

 そう、彼女には普通でない特技がある。彼女はとある病による症状を治すことができるが、それは言葉遊びをすることによって成り立つ。あっち向いてホイは言葉遊びではないと思う方もいらっしゃるかもしれないが、"言葉を発しながら"指も動かすという点で、言葉遊びである。ということにしている。

 そんな細かい説明を、メリスは面倒くさがった。

「待って全然聞いてもわからないよ。思考を放棄した方がいいかな?」

「うーん、そうかも」

「了解。ところで、そろそろ何か食べたくない?」

 速い思考放棄からの速い話題転換である。

「え、早くない? まだ一時間も歩いてないのに」

「いやー、実は朝ごはん食べてなくてさ」

「腹が減っては戦はできぬのに。んー、この辺りに食事処あるかな」

「あ、任せて。出る前に、資料室からこの辺りの地図を拝借してきたから」

 レイヴンはポケットから小さく折り畳まれた地図を取り出した。

「資料室? 普通の家にそんなのある?」

「あぁ俺、孤児院に住んでたから。えーっと現在地は多分ここでしょ。と、すれば……」

 指を現在地らしい地点から、少し上にずらす。

「お、これじゃない? 『みんなのさかば』! ここから十分くらいかも」

「案外近くだ。じゃあ行くか。ここをまっすぐだっけ」


 そんなに空腹だったのか、一刻も早く着きたいと言わんばかりのスピードで歩くので、七分で到着した。周囲を木で囲まれ、蔦の這うログハウスの入り口に掛けられている看板には『大衆酒場』とある。

「地図と名前違うけど、多分ここ、だよね? 意味は同じだし。よかった! 営業中だ。こんにちはー!」

 扉を開け入るレイヴンに、メリスは続く。

「昼間から盛り上がってるなぁ。あ、窓際空いてる」

 メリスはテーブルにあった品書きを見る。とりあえず焼き鳥セットを頼む。嫌いな人はいないだろう。

 レイヴンが二人分頼んだ飲み物も運ばれてきたので食べていると、隣のテーブルから声がした。

「見たところ十代の二人組が昼間から酒場なんて珍しい。どういう事情だい?」

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