推しに願いを

嵐野戯

前口上

 この世は、舞台だ。

 幕が上がり、主人公となって舞い踊り、やがて幕が降りる。その間に、どれだけの拍手を浴びるかで人生が決まる。そう考える人間もいる。

 松野重幸まつのしげゆきもまた、そんな一人の、れっきとした俳優だった。


 芝居の基盤を築いた劇団員時代、資金難に陥っていた劇団・葵屋敷を救ったあの舞台から、彼の芝居人生は始まった。

 交友関係はほとんど持たず、妻子もいない。孤独こそが彼の魅力であり、誇りだった。その謎めいたキャラクターは演技と見事に融合し、ミステリアスな雰囲気が一世を風靡した。演劇の舞台に残りながらも、テレビに映画に、彼は引っ張りだこ。

 だが、盛者必衰は世の理。かつての輝きは、時代の波にこすられ失われていく。

 とはいえ、彼は未だ野心に燃えていた。

 いつか必ず、第一線に返り咲いてみせる。


 しかし、その願いが叶うことはなかった。

 かつて巨大な舞台で、大勢の観客の心を動かし、喝采を全身に浴びていたはずの名優。彼の幕は、小劇場の舞台裏で、誰の目にも触れることなく、静かに降りたのだ。


 これにて終幕――のはずであった。しかし彼の芝居人生は、実に奇妙な形で、再び幕を上げるのである。

 その舞台袖から、ある役者が飛び込んでしまったのだ。

 芝居は、いつでもないいつかを繋ぐ――その真実を、彼はまだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る