第2話(2)~海辺の町と星を渡る少年~

十歳のティオくんには、六歳の妹がいました。

その名前は『ニーナ』さん。


ニーナさんは生まれつき体が弱く、

ほとんどの時間を自宅のベッドの上で

過ごしていたそうです。

外で遊びたくても、それは叶いません。


ベッドの上から見える世界。

それがニーナさんの世界のすべてだったのです。


そんなニーナさんを思ってティオくんは、

小石や木の実を集めて見せてあげました。

外の世界に出られない妹のために、

兄は外の世界を見せてあげようとしたのです。

ニーナさんはとても喜びましたが、

体調がよくなることはありませんでした。


そして一ヶ月前、ついにニーナさんは

帰らぬ人となったのです。

両親は悲しみました。

特にお母さんは「私が丈夫な体で産んであげられなかったせいで……」とひどく自分を責めたそうです。

お父さんも、そんなお母さんを慰めながら

涙を流してしまいます。


ふとティオくんの様子が気になり目をやると、そこにはベッドに横たわるニーナさんを静かに見つめるティオくんがいたのです。

涙を流すことなく、悲しみの表情を浮かべることなく、ただただその光景を目にするティオくんの姿がそこにはありました。


「ティオ……?」


お父さんは、その様子が心配になり声をかけます。

すると、ティオくんは言いました。


「──ニーナは、死んでなんかいないよ」と。


   *


「あの子はきっと、まだニーナの死を受け止め切れていないんだと思います」


お父さんは、言います。

大好きな妹との突然の別れ。

ずっと自分を慕ってくれた者との永遠の別れ。

それを受け止めることができず、

認めることができないでいる。

だから、死者と会えるこの『星還祭』を

邪魔しようとしているのだと。


星還祭を認めるということは、

ニーナさんの死を認めることと同義だからと。


一通り話し終えたお父さんは改めて謝罪します。


「本当に申し訳ありませんでした。何かお詫びをさせてください」

「いえ、お詫びなんて結構ですよ」

お詫びをされるほど被害を受けたわけでもないですしね。

「ですが、それでは私たちの気がすまないんです……」


そう言われてしまっては、断わる方が罪というものでしょう。


「では、今晩泊まれる宿を知りませんか?」

「友人がやってる宿屋があるので聞いてみることはできますが……そんなのでいいんですか?」

拍子抜けした様子のお父さん。

ですが、それでいいのです。

旅人にとって宿に泊まれるかは死活問題ですからね。


     *


紹介された宿屋までは歩いて数分の距離でした。

お父さんの紹介ということもあり、優遇して部屋を押さえてくれたそうです。

屋宿屋の受付に顔を出し、宿泊料を払おうとすると


「もうお代はもらっているから大丈夫だよ」


と男性の店主さんに言われます。

宿屋の紹介だけでは気が済まなかったのか、お金まで出してくれたそうです。

せっかくのご厚意なので受け取っておきましょう。

私は出しかけた銀貨をしまい、部屋へと向かいます。


荷物を置いて、ベッドに座って一息つきます。

窓の外を眺めると、祭りの準備で賑わう町の様子が見えます。

そういえば、町の散策中にティオくんと遭遇したんですね。


私は、さきほどの話を思い出します。


体が弱く、外に出ることができなかったニーナさん。

私が今、窓の外を眺めているように、ニーナさんもこうして窓の外を眺めていたのでしょうか。

今の私には、この光景はとても綺麗で新鮮に見えます。

ですがニーナさんにとっては、毎日同じ光景に映っていたのでしょうか?

死者の声を聞くことは叶いません。

その答えは、ニーナさんのみが知っているのでしょう。

私はベッドから飛び降り、再び町の散策に出かけることにしました。


     *


お祭り本番は明日ですが、町の中は非常に活気づいています。

はしゃぎ回る子供たち、休暇を取り昼間からお酒を飲む大人たち、そして私のような観光客。

そういった人をターゲットにして、すでに販売を開始している屋台も散見されます。

お祭り当日よりも競合が少なく、売り上げも出やすいのでしょう。

商売上手ですね。


そんなふうに町を眺めていると、香ばしい匂いが届きます。

見てみると、一つの屋台に人が集まっていました。

見ると、お魚をまるまる一匹串に刺して、調味料をふり炭火で焼くという非常にシンプルながらも、そそられるお料理が売られていました。

みなさんその香りに誘われて、購入しています。

屋台の店主の策略にはまっているとも思わずに欲望のままに購入する人々。

まったく、人というのはなんて欲深い生き物なのでしょうか。


「すみません、2本ください」

「はいよ嬢ちゃん! 毎度あり!」


だからと言って、買わないとは言ってません。

これもなぜ人が買ってしまうのかという心理を学ぶためです。

つまりは一人前の死神になるためには必要な行動というわけです。

文句ありますか?


     *


せっかくの名物。

となればよい景観とともにいただきたいもの。

私は2本のお魚を持って堤防へやってきました。

頭上に乗ったクロエは「早くよこせ」と頭を叩きます。

まったく、せっかちな使い魔です。


堤防に腰掛け、1本を地面に置きます。

クロエはすぐさま飛びつき、尻尾を振りながら勢いよく食べ始めます。

よくわかりませんが、クロエがお魚を食べている姿は妙に似合いますね……。


さてさて、さっそく私もいただくことにしましょう。

そう思い視線を上げたとき、視界の端に一人の子供の姿が映ります。


それはティオくんでした。


堤防の下を覗き込むティオくん。

あんなところで何をしているのでしょうか?

次の瞬間、ティオくんは堤防から飛び降り、海の方へ消えてしまいました。


「ティオくん⁉」


私は手に持っていたお魚を放り、急いでティオくんのほうへ向かいます。

死神見習いである私は、死期が迫っている人にあらわれる死の影を見ることができます。

ですがさきほどティオくんと会ったときは、確認できませんでした。

つまり、ティオくんの死の運命はかなり先です。

ですが、その死の影も絶対とはいい切れません。

影が見えなくても、死を迎える人はいるのです。


それは──自死です。


生まれつき定められた死の時刻を、自らの手で強制的に終わらせる行為。

神の意志ではなく、人の意志で訪れる死期は、残念ながら予期することはできないのです。


もし……ティオくんがここで死ぬ運命にあるのだとしたら、私が今からやろうとしている行動は、その運命を変えることになってしまうのでしょうか?


人であれば、それは当然であり、褒められるべき行為でしょう。


ですが……私は死を司る神、死神を目指す死神見習いです。

死を見届けるのが私の役目。


足音が石畳に鳴り響きます。

胸の鼓動が、全身に伝わります。


ティオくんが飛び降りた堤防の先。

見つけたその背中に──私は──。

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