アサシンの愛が気持ち悪い
由汰のらん
第1話
幼い頃の記憶は鮮明だ――――
杏林の父親はシステム開発の企業『クライヴ』を経営しており、海外までも飛び回る忙しさもあってか、一人娘である杏林が寂しいだろうと再婚を決めた。
しかし義理の母親、
実の母が死んでからというもの、見た目も性格も暗くなっていた杏林。万葉は、杏林が何をしても辛気臭くなると怒鳴っていた。
朝起きた時も、ご飯を食べている時も、学校に行く時も学校から帰ってきた時も。
遅い、目障り、空気が暗くなる。死んだ母親にそっくりだった杏林の目が気に入らないと、前髪は長くしろとまで言われていた。
たまに父の
実の母が死んで、万葉に罵られ、さらに心を閉ざすようになった杏林。高校でもそれなりのイジメを受けていた。
「おい!お前絹川に告白してみろよ!」
「え〜!罰ゲームでもぜってーないわあ!本気にされてストーカーされたら困るし!」
「絹川さーん! 今日の掃除当番変わってくれる〜?」
「いいよね〜? 絹川さん、どーせ暇人なんでしょぉ?」
男子からは関わるとろくな事がないと無視をされ、女子からは煩わしい事を全て押し付けられていた。
それでも杏林が高校に行けていたのは、数学の教師である
「絹川さん、先週も掃除当番やってましたけど、今週も掃除当番なんですか?」
「…………はい。」
「本当に? 他の生徒に押し付けられたりしていませんか?」
「……はい。」
与根浦が杏林の学校に転任してきたのは、杏林が高校1年の秋だった。
担任でもないのに、よく杏林のことを気にかけていた与根浦。杏林が高校2年生になった今でも、与根浦は率先して彼女に声を掛けいた。
それと今まで杏林がやってこられたのは、父親の存在が一番大きい。どんなに忙しくても毎年必ず杏林の誕生日には一緒に過ごしていた。
一人の父親として、当たり前に杏林に、沢山の愛情を注いでいた。のだが。
それすらも奪われる日がやってこようとは―――
『株式会社クライヴ、破産宣告。』
スマホで見たネットニュースで流れてきた記事に、杏林は目を疑った。
パパの会社が、倒産?!
下校時間、杏林が学校から慌てて帰ろうとすれば、門の外には義理の母、万葉が迎えにきていた。
「杏林! 今すぐにあなたをホテルに幽閉するわ!」
「……え?」
「嘉文さんが逃げたのよ! 会社のお金を持って行方不明になったの!!」
「うそ……」
もちろん万葉の言う事はすぐには信じられない杏林。とにかく何度も嘉文のスマホに連絡を入れた。
しかし電源が切られているとのアナウンスばかりで繋がる気配はない。
仕方なく杏林は万葉に言われるまま車に乗り込んだ。
車には万葉と運転手、そして助手席にもう一人、スーツを着た男が乗っていた。
「……あの、破産って。どういうことですか……。」
杏林が後部座席で制服のプリーツのスカートをぎゅっとつかむ。万葉に半信半疑でそう問いかけた。
「………クライブは、数年前から傾きかけていたのよ。」
「なんで、パパはそんなこと、一言も、」
「言えるわけないじゃない。嘉文さんは経営者なのよ? 父親としてのプライドってもんがあるのよ。」
確かにパパの会社はお世辞にも大きい会社とは言えなかった。
それでも海外との取引は滞りなく入っていたし、国から仕事を依頼されたこともあると言っていた。比較的裕福な暮らしをさせてもらってきたと思う。
会社の倒産ですら受け入れられないのに、パパが逃亡しただなんて。信じられるわけがない!
「私、家に帰りたい。」
「だめよ。家に帰れば私もあなたも警察いきよ。」
「でも、私は警察に行くことになったとしても、パパを信じたい。」
「………あなた、なぜいつも私の言う事が聞けないの?」
「……え?」
杏林のこめかみに、ひやりと冷たいものが当たる。
「杏林、悪いことは言わないわ。」
「な、なにっ……」
「今すぐ、climbコードの在り処を言いなさい。」
「…………え?」
杏林のこめかみには、拳銃の銃口が当てられていた――――。
「な、なにを言っているの、万葉さんっ」
「知らないとは言わせないわ。私が4年の歳月もかけて嘉文の妻を演じてきたのよ?! コードはどこ?! どこに隠しているの?!」
生まれて初めて感じる銃口の固さ。杏林は武者震いをした。
「まずいッ! タイヤをやられた!!」
「この先の公園まで車体は持つ?! 竹林内で身を隠せれば!」
すると、走る2車線の真ん中には、大型トレーラーが遮っていて――――運転手は急ブレーキで慌ててハンドルを切る。
「きゃあああッ」
アスファルトの摩擦音が予想以上の音を鳴らし、前輪から細い黒煙が上がった。
夕方のラッシュ時。比較的車両の少ない郊外の道路とはいえ、ここまで他の車がいないのは珍しいだろう。
トレーラーからは、サングラスをかけた黒い縦ストライプのスーツの男が3人。そして後ろのバイクからは、ヘルメットを被り、バイク用のレザーの上下を着た男が迫ってくる。
「着なさい!」
「痛っ」
万葉に腕をつかまれ、右側のドアから連れ出されようとした時だった。
――――パスンッ
と音が小さく弾いたと思えば、万葉の左のこめかみから細い血が流れ出す。
「き、きゃあああああッ」
杏林はあまりの事態に全身を震わせ声を上げる。
左側のドアからヘルメットを被った男が、ドア越しに万葉のこめかみを撃ったのだ。
サイレンサーが取り付けられた銃のため、あまりにも静かな銃音だった。
するとドアを再び銃で撃ったヘルメットの男が、杏林のいる側のドアをゆっくりと開ける。
「や、やめてッッ」
運転席の男と助手席の男が一斉にヘルメットの男に向かって銃を向けるも。
一瞬にして2人の頭に風穴が開いた――――
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