夏の終わり

阿由葉

第1話 青空と当たり前

中学3年生の夏、窓の外に広がる大きな空を見上げていた。 雲1つない青空、それを今でも覚えている。


中学3年生、そろそろ進路を決める同級生も現れてきてもおかしくはない。 夏休みが終われば皆勉強に縛られて、遊ぶ時間も減り、皆それぞれの行き先に向かって努力を重ねる。


そんな時期に僕は周りに馴染めず、ただ1人やりたい事も、目標も、行きたい高校も、何もかも決まらずぼんやりと外を眺めている事しかできなかった。


周りの友達が進路を決めて、どこの高校に行くだとか、高校生になったらもう会えないだとか、少し気の早い未来の話をしている。


僕はそんな会話に混ざる事もできず、ただ1人ぼんやりとあの空を眺めていた。


親や先生の心配を意に介さず、ただただ時間が過ぎていくのをぼーっと見つめて、始まった夏休みは惰眠と散歩で終わってしまった。


親の心配から逃げるように家を空けて、なんとも分からない不安から逃げるように目を瞑り、ただただ時が過ぎ去っていくのを待ち続けた。


いつか時が来れば大人になれると、そんな子供みたいな事を考えて、その“時“が来るのを待ち続けていたら夏休みが終わってしまった。


夏休み明けに会う友達の姿はどこか大人びているように感じて、気兼ねなく話しかけてくれる彼等に何かが喉に引っかかったような返事しかできず、時間が友達との仲を離していく。


まるで自分だけが子供のままで時が止まったような感覚に襲われ、いつしか友達に話しかけるのも怖くなっていた。


目の前の勉強をソツなくこなし、親と先生の心配がうっとおしくなった頃にようやく僕は進路を決めた。


至って平凡な高校、全てが普通、こんな進路傍から見れば適当に決めた事なんてのは容易に想像がつく。


「本当にこの高校で後悔はないか?」


そんな言葉を親や先生から言われた。


「今はまだやりたい事も目標も決まってないですけど、だからこそやりたい事ができた時に幅広く受けられるようにここを選んだんです。

だから後悔はありません。」


僕は在り来りな教員や親の好きそうな言葉を並べた言い訳で強引に親と先生を納得させた。


これでようやく僕も普通になれた。


これでようやく僕も大人になれる。


それからの学校生活はとても楽しかった。


今まで雲の上の存在だと思っていた友達と共通の会話を手に入れて、在り来りな言葉とそれっぽく見繕った理想で友達と言葉を交わせる。


やりたい事も何も無い僕でも友達とこうして会話ができている、当たり前の日常を謳歌できている。


このクラスで遊べるのもこれで最後、体育祭終わりにみんなでカラオケに行こう。 そんな会話が持ち上がって、僕は当然それに参加した。


思えばクラスのみなでこうして集まってどこかに行くなんて事はそうそうない。 いつもより少し気合いを入れて約束された場所に向かう。


集合場所にはもう既に何人かいて、当然遅刻をするやつもいた。 だが遅刻をした人間にもみんな優しかった、受験前にこうして遊べるのはこれが最後だから。


皆それぞれの好きな曲を入れ歌う。 下手なやつはいじられ、上手いやつは皆聞き入るようにして黙り込んだ。 そんな中僕は中の上、真面目な歌を歌えば皆聞いてくれて、ふざけた曲を入れれば盛り上げてくれる。


後から知った話だが、この日来なかったやつらは別で集まってカラオケに行ったらしい。 きっとアニソンなんかが飛び交っていたのだろう。 嫌悪はしないがクラスの集まりで歌うような曲ではないのだから、彼らは場を弁えている。


そんな楽しかったカラオケも終わり、全てが順調に過ぎ去っていく。


冬に近付けば1日に机に向かう時間は増えていった。


そうして勉強して、勉強して、勉強して、少し息抜きをして、迎えた受験前日、みんなで合格しようだとか、落ちた人がいても決して笑うような事はしてはいけないだとか、そんな言葉を交わしていざ当日、可もなく不可もなく、手応えは感じた、面接も上手く話せた、落ちる事はそうそうないだろう。


自信を持って家に帰り夜を明かした。


次の日、クラスでは自己採点をして何点だったとか、手応えがなかっただとか、そんな会話ばかり。


私立を受けた人間にとって安心を背に受験に挑めたのだから不平等なものだ。


そんな会話をしながら残りの学校生活を謳歌した。


結果発表当日、親と結果を見に行く。


結果は当然合格、何もおかしな事は無い、自分が入れる高校を選んだのだから当然の結果。


そんな高校に入れて涙を浮べる人間を横目に悦に浸る。 ふと横目で辺りを見ればカラオケに顔を出さなかったやつが顔を青ざめていた。 近くにいる友達になんとか慰められながら、涙を我慢して帰路に着く。


それを見た時なんの悪意も意図もなく鼻で笑ってしまった。


別に悪意はない、見下していた訳でもない、それでも涙を浮かべながら喜ぶ親を背に鼻で笑ってしまった。


きっと本人には聞こえていない、だが慰める彼の友達が、まるでいじめられっ子を慰めるような姿に見えてしまった。


どうして僕は合格したのにこんなにも嫌な気持ちになっているんだ? これではこれから先の中学生活をずっとモヤモヤした気持ちを背負いながら過ごさなければならないのか?


胸糞が悪い、どうして成功した僕がこんな気持ちに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る