校調研と怪文書の謎【校調研シリーズ第1章】
N岡
第一章 怪文書事件
第1話 欠陥だらけの暗号文
『鐘の音が六日間の沈黙を破る時、
二三四七六一五の部隊で待つ。
校調研』
そのポエムめいた文章は、乳白色のメモ用紙に記され、校舎一階の掲示板に貼られていた。
入学からまだ日が浅いこともあり、重要な連絡を見落とすまいと掲示板を確認するのが習慣になっている。記憶が確かなら、昨日まではこの紙は存在しなかった。
「生徒会より重要なお知らせ」だの「青春をかけろ! 陸上部員募集中」だのといった、型通りの掲示物の海に、その一枚だけが孤島のように浮かんでいるのだ。
署名の「校調研」というのが一応は部活動らしいが、入学時にもらった部活動一覧には載っていなかった気がする。
目を閉じながら嘆息し、そのまま教室に足を向ける。
触らぬ神になんとやらだ。この
「おはよう、西岡スグルくん」
教室で席につくと、既に到着していた
「おはよう、千貫さん。なんでフルネーム呼び?」
「みんなの名前をちゃんと覚えるためですよ」
「なるほど。それは殊勝な」
「今日は図書委員の初当番ですね」
「はつとうばん……なんだかプロ野球みたいな言い方だね」
「じゃ、昼休み、よろしくお願いしますね」
マイルドに突っ込んだのにスルーされた。
「うん、こちらこそ」
千貫さんは真面目で話しやすい。こういう平穏なクラスメイトとの関係こそ、思い描いていた高校生活だ。
教室では、すでに数人の生徒が雑談を始めていた。クラスの雰囲気も至って穏やかだ。
一時間目、数学教師の森川が二次関数のグラフについて熱弁を振るうのを横目に、ぼんやり窓の外を眺める。花粉か黄砂か、霞がかった空の下、桜の花びらが風に舞っている。
わが校——K県立O島高校は南国の離島に建つ普通科高校で、進学に特化した特進クラスも有している。全体としては門戸が広いが、特進は東大・京大など難関大学も狙える水準だ。
今のところ悪くはない。クラスメイトも普通だし、授業はついていけないほどでもない。このまま波風立てずに三年間を過ごせれば、それでいい。その後どうするかはまだ決めていないが、そのうち何か見つかるだろう。
二時間目の英語が終わった後、廊下で同じ中学だった田沼と鉢合わせた。
「おー、スグル! 久しぶり」
田沼は相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべている。中学からの友人で、こいつは頭の先からつま先までB級映画への愛と造詣でできている。そういう意味では裏表がなく、付き合いやすい奴だ。
「久しぶりって……昨日会っただろ」
「どうだ高校生活は? 慣れたか?」
「昨日も言ったけど中学生活と大した差はないよ」
「そうか。ところで映画見に行かね? 観たい新作あるんだよ」
「あーうん。特に予定もないし、いいよ。今日?」
「今度の金曜」
頭の中で時間割を確認する。
「金曜だけ七時間目まであるけど? 他の曜日が良いんじゃないか?」
「おい見くびるなスグル。俺の頭にはシネコンの時間割がすべて入ってるんだ。お目当ての吹替版を見るには金曜七限の後が一番早い」
「鉄オタじみてるな」
「ところで、この前薦めた映画見た?」
そうだった。先週、田沼に半ば強引に薦められて『スターシップトルーパーズ2』というB級SF映画を、アマプラで見ることになっていたのだ。結局、開始早々に繰り広げられるグロテスクな戦闘シーンに音を上げて、再生を止めてしまった。
「グロすぎて無理だった。虫と人間が殺し合うのを見て楽しめる神経が理解できん」
「もったいないなあ。あれはメイサクなのに……」
「どっちの意味だ?」
田沼が残念そうに項垂れた。いや、というかなんでいきなり
「仕方ねえ、今度はもうちょっとマイルドなグロを薦めるわ」
「グロは固定なのかよ……」
いかもの食いが過ぎる。できればミステリとかにしてくれ。
俺たちは一階の掲示板前に差し掛かった。
「なんだろうなこれ」
田沼が例のポエム暗号の書かれた紙を凝視しながら言った。
「さあね。暗号っぽいけど」
「CUBEみたいじゃん、お前こういうの得意だろ?」
ああ、以前薦めてくれたソリッドシチュエーションスリラーとかいうジャンルの。あれも冒頭からちょっとグロ要素あったけど、初めてお薦めされたこともあって最後まで我慢して観たんだよな……確か登場人物が素数をヒントにルービックキューブみたいな巨大建造物の謎を解いて脱出する話だったっけ。終わってみればそこそこ面白かった。
「……いや、これは明らかに素数じゃないしどっちかというとポエムっぽくないか?」
文芸部あたりの仕業かもしれない。千貫さんが詳しそうだ。
「まあなんかわかったら教えろよ」
答える代わりに軽く肩をすくめて教室に向かう。田沼は手を挙げて自分の教室に戻っていった。相変わらずの映画バカだが、悪い奴ではない。
いやちょっと待て。
「あ! おい!」慌てて田沼を呼び止める。「観に行くのってグロいのじゃないだろうな!」
「大丈夫! エイリアンの新作だ!」
なにが大丈夫だふざけるな。行かないぞ。
昼休み。
「西岡くん、図書室に行きましょうか」
読みかけの推理小説の文庫本を開こうとしたタイミングで千貫さんが席から立ち上がった。そうだった、今日は図書委員としての初登板だ。
「そうだね」
廊下を歩きながら、ふと朝の張り紙のことを思い出した。
「そういえば、千貫さんは文芸部のこと何か知ってる?」
「文芸部ですか? どうしてそんなことを?」
「いや、なんとなく。知ってそうだなと思って」
千貫さんは苦笑を浮かべた。
「私、こう見えて中学から吹奏楽部なんですよ。文章書くのは苦手なんです。読む方は好きですけど」
見た目で判断するのは良くないな。
図書室の前まで来たところで、思い出したようなふりをして聞いてみた。
「あーそうそう、『校調研』って部活、知ってる?」
「校調研?」
「掲示板に変な張り紙があったんだ。詩みたいなやつ」
千貫さんは首をかしげた。
「聞いたことありませんね。新しくできた部活でしょうか?」
「かもしれない」
どうやら千貫さんも知らないらしい。
図書室に入ると、司書の本山先生が当番の仕事を説明してくれた。返却された本の整理と、新刊の受け入れ。マニュアル通りの単純作業だ。
「西岡くん、こっちお願いします」
千貫さんが返却本の山を指差した。俺は黙々と本を分類し始めた。
作業をしながら、千貫さんが話しかけてきた。
「そういえば、明日は時間割が一部変更になるとか言ってましたね」
「そういえば今朝なんかそんなこと言ってたね。すっかり忘れてたよ」
「一時間目の担当の先生が急に出張することになったとかで……三時間目と入れ替わるんでしたね」
不意に手が止まる。入れ替わる、か。うーん、なぜこんな言葉が引っかかる。
『二三四七六一五の部隊』
なるほど、あの暗号文のせいだ。一から七の数字の順序が入れ替わり、でたらめに並んでいる。
「西岡くん?」
千貫さんの声で現実に戻る。気がつくと、同じ本をずっと握りしめていた。
「あ、すまん」
「さっきから、時々ぼーっとしてますね」
「大したことじゃない」
本を棚に戻す。S・キング著『シャイニング』。これの映画版も田沼に薦められて観たっけ。子供の書いたREDRUMという文字が鏡に映ってMURDERになるシーンが印象的だった。田沼にしてはまともな映画を薦めてきたなと思って訝しんでいると、やはり例外ではなく、後半になるとそれなりにグロかった。
その後も妙に暗号のことが気になった。解けそうで解けない知恵の輪を渡されたような気分だ。授業中も、図書委員の作業中も、あの張り紙の文言が頭の片隅にちらつく。
『鐘の音が六日間の沈黙を破る時、
二三四七六一五の部隊で待つ。
校調研』
水曜、木曜と日が経っても、時折あの張り紙のことを思い出していた。暗号文の文脈からして、特定の日時と集合場所を示しているのだろう。解けたら面白いし、解けなくても別に困らない。たとえ答えがわかっても、実際に行かなければ面倒に巻き込まれることもない。そんな軽い気持ちだった。
金曜日。
六時間目の現代文が終わり、教室内では帰り支度を始める生徒と、七時間目の準備をする生徒とで、軽い混乱が起きていた。皆、金曜日だけ七時間目まであることにまだ慣れていないのだろう。
「やっと週末だ」
「部活きめたー?」
クラスメイトたちの会話が聞こえてくる。金曜の午後特有の、やや浮ついた雰囲気だった。
七時間目は自習だった。担当の先生が急な用事で来られなくなったとかで、代わりに学年主任が顔を出して「各自勉強しているように」と言い残して去っていく。棚ぼただ。
これ幸いと週末の課題を片付けた俺は、前の席の背もたれと時計を交互に見つめていた。七時間目の終業まで、あと十分。
田沼との約束を思い出した。たしか吹替版を見るには金曜七限の後が一番早いって言ってたな。いや、どうせグロいのだろうから断ろう。
その時——脳内で知恵の輪の外れる音がした。
「鐘の音が六日間の沈黙を破る時……」
なるほど、そういうことか……恐らく、前半の答えはわかった。
あとは後半、『二三四七六一五の部隊』だ。
部隊。フォース、スクアッド、トループ……田沼に薦められて観た映画にも出てきた単語だ。でも、なぜ数字が? 千貫さんが言っていた時間割の入れ替わり——順番を変える。並び替える。アナグラムパズル。
手近な紙に「部隊」を意味する英単語をいくつか書いた。それぞれの単語を構成するアルファベットに1から7まで番号を振る。
文字数が超過しているものはとりあえず7文字目まで、足りないものは……「〜の部隊」になるよう「of」まで含めて熟語でやってみるか。
これを「二三四七六一五」の順番に並べ替えると——
一つだけ完璧に意味をなすものがあった。
丁度その時、七時間目の終業チャイムが響いた。
キーンコーンカーンコーン、という鐘の音が三十秒ほど流れる公立高校らしい一般的なチャイムだ。
「保健室行ってくる!」
立ち上がると、隣の席の山村が驚いてこちらを見上げた。
「もうあとホームルームだけじゃん。一体どこが悪いんだよ」
「謎だ」
「謎!? 頭だろ!」
突っ込んでくる山村を尻目に、教室を飛び出す。
屋上への階段を上がりながら
屋上の扉は施錠されていなかった。鉄製の重い扉を押し開けると、日に焼けた匂いのする風が頬を撫でていった。空には薄い雲がゆっくりと流れている。
正面の金網のフェンスにもたれかかる人影があった。
長い黒髪を真面目にまとめて、制服もきちんと着こなしている。身長は一四五センチあるかないかで、華奢な体つき。まるで小学生みたいに小さい。
顔立ちは整っていて可愛らしい。だが人形のような美少女というよりは、どこかカワウソとかそっち系の小動物的な雰囲気がある可愛らしさだ。
ただ、なぜか必死に怖い顔をしようとしているのが見て取れた。眉間にしわを寄せ、唇を尖らせ、小さな手を腰に当てて、精一杯虚勢を張っているものと思われる。しかし、元の顔が可愛らしいので却って愛嬌がある感じになってしまっている。
「ち、ちいっ! も、もう来ないかと思いまし……お、思ったぞ!」
アニメの小動物を擬人化したマスコットキャラみたいな、高くて可愛らしい声だった。
舌打ちしようとして「ちいっ」と言ってしまっているし、丁寧語が出かかって慌てて乱暴な口調に直そうとしている。怖い顔をしようとしているのに、声が高すぎて全く迫力がない。むしろ頭を撫でたくなるくらいだ。本人は威厳を演出しているつもりらしいが、完全に逆効果になっている。
「暗号の件で来たんだけど」
「わ! ホントですか!? あっ……」女子生徒は一瞬見せた笑顔を誤魔化すように咳払いして続けた。「そ、そうだろうな! 他に何の用があって、終業のホームルーム前に屋上へなんかいらっしゃ……あ、いや、来やがられますんでやんすか!」
もう口調がめちゃくちゃだ。ため息をつきながら歩み寄ると、頭一つどころか、二つ分くらい小さい。威圧感を出そうとして胸を張っているが、むしろ背伸びしている子供みたいに見える。
「で、どうやって解きやがっ……いえ、解かれたんですか! ……あれ? ま、まさかカンで来たわけじゃないでしょうね!」
今度は丁寧語と粗暴な物言いがあべこべになっているが、どうやら解読過程を聞きたいらしい。俺は素直に説明した。
「最初は『鐘の音が六日間の沈黙を破る時』の部分だ。金曜日だけ七時間授業があるから、七時間目の終業チャイムは一週間ぶりに鳴る。つまり、さっきのチャイムのことだろ」
「ふ、ふーん! それで?」
「次に『二三四七六一五の部隊』。部隊は英語でtroop。ofを付けてtroop ofにすると七文字。数字も七桁だから、troop ofの各文字に1から7まで番号を振って、2347615の順に並び替えると……」
解読過程を書き込んだ紙を見せる。
「rooftop。屋上だ」
女子生徒は感心したように「おおー」と声を上げた。その仕草も、小さな手をぱちぱちと叩いて、まるで小学生が感動しているみたいだ。
「な、なかなかやりやがりますね! わ、わたしは荒木ロロ。ロロと呼んで下さ……呼んで構わんぞ! 一年八組。校内調査研究部、通称校調研の部長だす!」
「……だす?」
「よ、よしっ! 採用!」
ロロと名乗った女子生徒が指差してくる。
「は……?」
「お、お前、ウチの部活に入りやがってください!」
随分と丁寧な勧誘だ。ただ、よく見るとロロの小さな拳は微妙に震えていた。緊張しているのか、興奮しているのか。
「いや、ちょっと待ってくれ。俺はただ暗号が気になっただけで……」
そう、ここには言いたいことがあって来たのだ。
「……この暗号、ちょっと無理があるんじゃないかと思ってな」
「え?」
「『六日間の沈黙を破る』って言うけど、実際は沈黙どころかその間にチャイムって何度も鳴ってるだろ。授業の開始や終了で毎日鳴りまくってる。『七日ぶりのその鐘を聞く時』とかの方が良かったんじゃないか?」
「はわわっ……」
ロロの顔が引きつった。
「それに『部隊』を英訳するなら、troopだけじゃなくunitもsquadもある。なんで解答者がtroopを選択するって決めつけたんだ? というかこれだけ訳の候補がある単語で暗号成立させるのは厳しいだろう。初めから英語で書いてれば良いじゃないか」
「は、はわわ〜……わ、わたし、実はロジックが苦手なんです……」
ロロの声がだんだん小さくなっていく。
「じゃあなんで暗号なんか……」
「その……色々と
「まあ正直ヒントみたいなのが偶然が重なって結果的に解けたからいいけど、暗号としてはかなり穴だらけで普通は辿り着けない類の問題だぞこれ」
「ガーン……」ロロが頭を抱えた。
「声に出すのかよそれ」
やたらとツッコミどころが多い。
「そ、それよりも! あ、あの……! 勧誘を断るってことですかね! 断る選択肢はお前には——」
「お前じゃなくて、西岡スグルだ」
「ス、スグルくんにはないですぞ!」
無理矢理話を逸らそうとしている。怒っているというより、困っているような様子だ。小さな眉毛がハの字になって、今にも泣き出しそうに見える。
「いいですか、たしかに暗号は不完全だったかもしれません。でもスグルくんはそれを解いてここまで来たんです。それってすごいことです。とってもとってもすごいことなんです! わ、わたし……才能がある人を五体満足で返す気はありません!」
「言ってることがめちゃくちゃだぞ! それに俺は別に部活とか……」
「校調研は学園内の『問題』を調査・研究する部活です。表向きは!」
こいつ、聞いちゃいねえ! だが、表向きは、という部分が妙に引っかかった。やはり、ただの部活動ではないらしい。
「じゃあ表向きじゃない部分は?」
「き、決まってるじゃないですか! 『事件』の解決ですよ!」
ロロは振り返ると、校舎を見下ろしながら言った。風に髪がなびくが、小さな体が風に揺れているようにも見える。
「学園内で起こる『事件』を解決するんです。それが私たちの本当のお仕事です」
「事件って、そんな大げさな……」
「大げさかどうかは、これから判断してください」
ロロの声音が急に真剣になった。かと思うと、すぐに元に戻る。
「そ、そういえば早速事件の相談もきているんですよ! 相棒」
一体なんのドラマに影響を受けたのだろうか。
「事件って……それに相棒になった覚えは……」
「なってくれないんでしょうか……やっぱりダメですか……」
ロロの口調がしおらしくなった。先ほどまでの強がりが嘘のように、肩を落としてしょんぼりしている。項垂れて、今にも泣き出しそうな表情だ。
うわあ、これはまずい。まるで捨て犬みたいな顔をしている。こんな顔をされたら、さすがに無碍にはできない。
「あー、そうだな……まあ、一応考えとくよ」
こういう時は一旦保留してフェードアウトが吉だ。
「やはり拳で黙らせるしかないのでしょうか……?」
「物騒だな!」
思わず叫んでしまった。ロロが目を丸くしている。
「きゅ、急に大きな声出さないで下さい。ビックリしました」
「急に変なことを言うからだろ」
このご時世、どこに目があるかわからん。入学早々、屋上で小さな女の子を怒鳴りつけてたとか、あらぬ噂が立ったりでもしたら最悪だ。
「あー……わかった、わかった」俺は頭を掻いた。「体験入部だ。それでいいか?」
まあ今のところ暇だし、ちょっとだけ付き合ってやるか。
ロロの顔がぱっと明るくなった。
「ほ、本当ですか!」
「ああ、でも体験だからな。気に入らなかったらやめるぞ」
「はい! やった! ありがとうございま……ふんっ、お、恩に着るぜ!」
「もう無理して強がった喋り方しなくていいぞ」
先ほどまでの落ち込みようはどこ吹く風、文末の語調とは裏腹に小さな手をぱちぱちと叩いて喜んでいる。情緒が豊かな民かな?
「さて……」ロロは軽く咳払いすると、姿勢を正した。「それでは改めて説明させてもらうとしましょう。今回、部員募集に暗号文を使用したのは
「
「はい、校調研の記念すべき初事件、その解明のために優れた論理的思考力と暗号解読能力を持つ人材が必要だったんです」
「なるほど」
「初めは自分で解こうと頑張りました。頑張りましたがダメでした。なので事件に関係ありそうな人物を片っ端からぶん殴って……」
「いちいち物騒なんだよ……」
「知ってること全部吐かせようと思ったんですが、それは結構体力的に大変なので、暗号を作って人材を募集することにしたのです」
「で、俺がまんまと引っ掛かったわけだ」
「そうです!」
ロロはこちらを指差しながら続けた。
「私の作った欠陥だらけの暗号文。それを解いて、わざわざ間違いを指摘しにきてくれるような、ロジカルで自己顕示欲に溢れた人材が欲しかったのです!」
嵌められた。くそ、全部計算してたのか。
いや……まて。俺は黙って続きを聞いた。
「だって、そうでしょう? 探偵に一番必要なのはなんですか? 論理的思考力? 観察力? 直感力? 記憶力? いいえ、どれも大事ですが、一番ではないのです。一番必要なのは自己顕示欲! 自分の優秀さを証明したいというその欲求こそが、謎を解くためには圧倒的絶対的に必要不可欠なのです!」
「……」
「わたしは褒めているのです! そんな怖い顔しないでください」
「まあ確かに、論理の穴を指摘してざまぁしてやろうって気持ちがなかったとは言い難い。だがな……」
「はい」
「後付けだろ。悔し紛れに後付けしただろ」
「は、はわわ〜!」
どうやら図星だ。
「だって、ガーンとか言ってたもんな、口に出してまで」
「……さておき」ロロが咳払いした。
「さておくな」
まあ別にいいけど。
「記念すべき初の事件、わたしはその事件を『怪文書事件』と名付けました」
「怪文書?」
「ええ。1-4の黒板に、とある不可解な一文が板書されていたのです。その内容とは……!」
ロロが指を立てたそのとき、遠くから終業のホームルームのチャイムが聞こえてきた。
「あ、もうこんな時間ですね」ロロは慌てたように時計を見た。「詳しい説明は保健室に行ってからにしましょう」
「保健室?」
「はい、チャイムが鳴っても急いで戻ろうとしないところをみると、多分保健室に行くと言って出てきたんでしょう?」なかなか鋭い。「実はわたしもです!」なるほど、だが胸を張って言うことではない。
嘆息しつつ、予想外の新生活の始まりを受け入れることにした。まあ当面の暇つぶしにはなるだろう。
「わかった。じゃあとりあえずよろしく」
「はい! よろしくお願いします! スグルくん!」
ロロは咲くような笑みを浮かべた。屈託のない笑顔とは、こういう表情を言うのだろう。不覚にも目を奪われてしまった。
「……どうかしました?」ロロが小首を傾げながら見上げてきた。
「あ、いや」慌てて目を逸らす。「……行こうか、保健室」
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