【序章】第十五話『決意を秘めた瞳』

「とりあえず、立ち話もなんだから、適当に席に座ってて? 飲み物、淹れるわね」


 

 そう言いながら璃那は、カウンターに入り、制服として着用していた、前開きの袖なしのベストのボタンを外して脱ぐと、慣れた手つきでエプロンを手に取った。

 白地のシンプルな布地が、彼女の前でふわりと揺れ――

 次の瞬間には、その豊かな胸元と引き締まった身体のラインに沿って、きゅっと形を整えられていた。


  

「あっ、白野さんはコーヒー、平気?」

「はい、大丈夫です」

「なら、良かった。あっ、少し時間かかるから遠慮せずに座ってね?」


 

 恵瑠の返事を聞いた璃那は、慣れた手つきで器材を触り、コーヒーを淹れる準備していく。


 

「璃那さんも、ああ言ってるから、とりあえず座ろっか?」

「はい……失礼します」


  

 恵瑠は陽太に促されて窓際にあるテーブル席に座る。

 案内をした陽太も恵瑠の向かい側に座って、璃那がコーヒーを淹れ終わるのを待つ。

 

 (さて、何から話すべきか――)

 

 お互いにそんな事を考えているのか、二人の間には妙な沈黙が流れていく。

 そんな二人の事など気にせずに、カウンター内にいる璃那が、鼻歌交じりで、コーヒーを用意していく音だけが、店内に響いている。

 


「ここが、大上さんのギルドなんですね……?」


 

 先に沈黙を破ったのは、恵瑠だった。


 

「ああ」と、陽太は短く返事をして、恵瑠の方を見ると入口で見た時のように、恵瑠は珍しそうに辺りを見回していた。


 

 喫茶店内は、レトロな趣を残しつつも丁寧に手入れが行き届いており、木目の床とアンティーク調の家具が落ち着いた気品を醸し出していた。

 柔らかな照明がテーブルごとに灯され、ほんのり漂うコーヒーの香りが、静かな温もりと安心感を与えてくれる。

 店長である璃那のこだわりが、店内にも反映されている――そんなお店だった。


  

「すごいですね……喫茶店の中にギルドがあるなんて……外から見たら、普通の喫茶店にしか見えなかったので……本当にギルド事務所なのか、会うまで正直、不安でした」

 

「まぁ、普通そうだよな。大抵の民間ギルドは、オフィス然とした所が多いから……喫茶店の中にギルド事務所を併設してるなんて、この都市でもウチくらいなもんじゃないかな?」


 

 恵瑠の向かい側に座った陽太は、この光景が当たり前になっていたが、改めて考えると珍しいのかもしれないと、指で頬を掻いて、頷く。


 

「やっぱり珍しいんですね……けど、いい雰囲気のお店ですね。私、普通に通いたいって思うくらいです!」

 


 そう言って、クスクスと笑い、笑顔を見せる恵瑠。

 その動きに合わせて彼女の長い耳が、ピクピクと可愛らしく、軽く上下する。


 

「その様子だと、もう大丈夫みたいだね?」

「えっ……あ、はい。おかげさまで。あの、改めて事件の時は、ありがとうございました!」

「いや、気にしなくていいよ。俺も仕事だった訳だしさ? 助けるのは当然だよ」

 

「いえ、助けてもらったことも、そうですが……あの日、大上さんに会えて……話を聞いてもらって……私も、いつまでも逃げてないで……もう少しこの力と向き合おうって……そう思えるようになったんです!」


 

 そう話す彼女の姿は、あの日、病院の屋上で会った不安そうにしていた少女とは違い、決意を秘めた眼をしていた。


 

「なので、その第一歩として、まずは自分の姿を受け入れる所から始めようって、思いました……」

「受け入れる所から……? そう言えば、初めて会った時……フード付きのパーカーを着てたけど、あれって……もしかして?」



 今の恵瑠は、初めて会った時に着ていたフード付きのパーカーは、身に着けておらず、紺のブレザーに同系色のプリーツスカートと、至って普通の学生服を身に着けていた。



「はい。あれ、実は顔を隠す為に身に着けてたんですけど……やめてみました」


 

 そう言って恵瑠は、照れ隠しのように自分の長い耳を指で触り、笑う。



「……そっか。うん、良いと思うよ?」


 周りから見たら、小さなことかもしれないが――きっと彼女にとって、それは勇気のいる大きな一歩だったのだろう。


(可愛らしい顔立ちをしているんだし、隠さない方がずっといい……)

 

 そう心の中で思い、彼女のその勇気を笑うことはせず、陽太は、ただ微笑みながら肯定の意を持って恵瑠の翡翠の瞳を見る。



「……ありがとう、ございます」



 陽太の返事を聞いた恵瑠は、ただそっと一言発し、同じように微笑み、恵瑠のくりっとした大きな瞳で、陽太を見つめ返す。



「はーい、お待たせ〜♪ あれ? 二人ともどうしたのお互いに見つめ合っちゃって? もしかして青春って感じかしら♪」


 

 いつの間にか、璃那が、淹れ終わったコーヒーを持ってテーブルまで来て、二人の顔を見るなり、キラキラとした表情で茶化してきた。

 白のエプロンも外しており、白の長袖のブラウスの上に、前開きの袖なしベストを着用した、いつもの制服姿に戻っていた。


 

「もう……なに、言ってるんですか……璃那さん」

「えー、だって、なんだか甘酸っぱい感じがしてなかった?」

「そんなことありませんって。ほら、璃那さんが、変なこと言うから……彼女も困ってますよ?」

「あら、もしかして嫌だった?」

「いえ、そんな……嫌では……大上さんとなら……あ、いえ! 何でもないです!!」



 恵瑠は、顔を真っ赤にしながら、両手を前にしてブンブンと振って否定する。

 彼女の白い肌が、紅潮した頬をさらに際立たせている。


 

「ふふ、ゴメンね? なんだか、いい雰囲気に見えちゃったから」

「いい雰囲気だなんて……そんな……」


 

 恵瑠は、恥ずかしさからか、顔を伏せてしまう。


  

 本当にあの日、出会った少女とは別人のようだ――そう思えるほど、恵瑠は表情をコロコロと変えていく。

 きっとこっちの方が、本当の彼女の姿なのかもしれない。

 

(大したことをしたつもりはないが……少しは彼女の心を救えたのなら、良かった)

 

 もしそうなら、と思うと、陽太は温かい気持ちになり、自然と口角が上がる。


 

「そんなに真っ赤にして、可愛い♪ 恵瑠ちゃん、彼氏とかは?」

「……彼氏なんて……」

「えー、こんなに可愛いのに! じゃあ、陽太くんとか、タイプだったり? さっき、嫌じゃないって――」

「いえ、さっきのは……言葉の綾って言いますか……うっ〜ッ……」


(ただ、璃那さんにおもちゃにされているから、そろそろ助けないとな……)



 璃那さんにからかわれて、今にも火が出そうなほど、顔を真っ赤にしている恵瑠を見て、陽太が話に割って入る。



「璃那さん、あまり客人で遊ばないで下さいよ。そもそも、俺といい雰囲気だとか言われても、迷惑でしかないでしょう?」

「えー、そうかしら?」

「そうですよ、だって、ほら?」

 

「……きゅ〜……」

 

 恵瑠は、謎の奇声を漏らし、フリーズしていた。


 

「……そうね……ごめんなさい。少しからかいすぎちゃったかしら……?」


 

 恵瑠の顔を見た璃那は、バツが悪そうな顔をして、謝罪した。

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