第4話 暇
「暇すぎる……」
私こと佐藤すみれ 24歳は暇を持て余していた。
居候させてもらっているテュルカのワンルームマンションは恐ろしい程に殺風景だった。家具と呼べるものがベッドくらいしかない。
居候を始めた当初はゴミや書類でそれなりに散らかった部屋だったが、それすら最早かしい。
帰ってきて寝るだけの何もない部屋。片付けるモチベーションなど湧きようがなかった。暇すぎて始めた掃除もたった1日で終わってしまった。
気分転換に床をワックスでビカビカに磨き上げてみたのだが「綺麗すぎると職場みたいで落ち着かないからやめてくれ……」とテュルカに言われ、今は洗濯物や精神安定用のゴミ(ティッシュなど)を床に撒いてある。
テュルカ曰く、この部屋の殺風景にも一応理由があるらしい。
エルフの寿命は長い。というより老衰で死ぬことはほぼない。ここ最近の平均寿命は約500年と言われているが、事故や病気、社会情勢で死ぬ確率を総合すると大体500年くらいになるとのこと。なのでこちらで言うところの縄文時代くらいからの生き字引も平気で居る。
そんなエルフは基本的に物を持たない。諸外国から森の賢者とも呼ばれていた長命種の彼らにとって、物とは「持ったらいずれ捨てる手間が生じる道具」くらいの認識だそうだ。今必要な物を必要なだけ持つ、というジャストインタイム方式が彼らのライフスタイルの根幹である。
そんな国で資本主義が成立しているのが不思議に思えるが、必要な時に買ってすぐ捨てる国民性だというので、案外アホなのかもしれない。
また意外にも、魔力を用いた製品や製造装置の輸出が主力産業として成立している。エルフの作った魔道具というだけで売れるくらいにはブランディングに成功しているらしい。
それはさておき。
「……もう少しどうにかならないんですかこの部屋」
私は図々しくも部屋の主に言い放った。
「どうにかできるならどうにかしているよ」
テュルカが枕越しにフガフガと答える。外では凛々しい女騎士然としているテュルカも、家の中では形無しだった。玄関をくぐった途端にフニャフニャになってしまう。休日なんてほぼ布団から出てこない。
「QOL*って概念はエルフにはないんですか」
「そういう話はやめてくれ……私に凄く効く」
「お金くれれば何か適当に買ってきますよ?」
「スミレも周囲の視線が嫌だから外に出たくないと言っていたじゃないか。行かなくて良いよ別に」
テュルカは布団に埋まったままピクリとも動こうとしない。どうしたものか。
ちなみに黒髪ヒト耳の私は割と視線を集めやすいので、基本的に外出はしたくない。だがそうは言っても限度がある。インドア派もやることが無さすぎるとアウトドア派になるのだ。己がファッションインドア派だったとは知らなかった。
「休日くらい遊んだらどうなんですか。友人くらい居るでしょうに」
「私の親みたいなことを言うな……何をするにも億劫なんだよ」
「じゃあ美味しい物でも食べに行きましょうよ。まだこのお部屋に来てから保存食しか食べてないんですよ私」
「……お出かけの時に着る服装なんて忘れちゃったなぁ……」
「ダメだこの子」
私は嘆息して天井を見上げる。そろそろ暇すぎて不安になってきたので料理や家事でもしたいが、器具が何一つない。包丁やまな板どころか皿もまだ見かけていない。
そのくせ、テュルカはコンビニで保存食を大量に買ってきたりするので節約家と言うわけでもない。
「他のエルフの方も皆こんな感じなんですか」
「そんなことはない。私がダメなやつなんだ。放っておいてくれ」
「趣味とかないんですか」
「昔はあった。絵描いたりハープ弾いたり。でも仕事を始めてそう言う余裕がなくなって……日毎に楽しめなくなっていく自分が嫌になる」
「それは分かる」
分かる(2回目)。ヒトも数年も働けばそうなる。社会に出てから30年近く経っているらしいテュルカの心はもう擦り切れそうなのだろうと勝手に推測する。
「転職を検討されては?」
「負けたみたいで嫌なんだよな。それなりに今の職場は気に入っているし。次を考える気力はないし」
「それがもうダメですよ。よくない依存です」
テュルカは150歳程度だと言っていた。今のエルフの成人年齢は100歳とのことなので、成人して割とすぐ(エルフの感覚)今の業務に就いたらしい。
昨今は若手を重職に就かせて育てるという風潮があるそうで、精霊庁長官の侍従長という名誉職に突如抜擢されたとのこと。周りは皆300歳とかだそうなのでまあ理不尽なことも多いだろうなとは想像がつく。感覚的には江戸時代の人間と一緒に仕事しているようなものだ。
「生活がこんなになってる時点でもう負けですよ。潔く転職してください」
「スミレは24歳なのに達観しすぎだ……ヒトはみんなそうなのか?」
「ヒトは大体15〜20くらいで成人しますからね。ライフスケールが1/5くらいなんですよ」
「じゃあエルフ換算でスミレは120くらいか……そういえば同年代の友人とも久しく遊んでないな」
「それは私にも刺さるから辞めてください」
テュルカが寝返りを打つ。
「道理で先の戦争で負ける訳だ」
「戦争?」
「そう。世界大戦。2回もやったのはアホだよ」
テュルカは自嘲気味に呟く。
ある程度成熟した世界は世界大戦をするらしい。迷惑な話だ。
「こっちの世界だと勝ったんですか?」
「その言い方だとスミレの世界でも負けたみたいだな。……海の向こうのヒトの国にな。我々が精神論を唱えている間に、発展した兵器と戦術で蹂躙されたんだ。私も危うく死にかけた」
「徴兵されたんですか?」
「いや、当時は子供だったから工場で働かされたよ。すぐ近くに爆弾が落ちたんだ。爆風で吹っ飛ばされて気を失ったのだが、奇跡的に無傷だった。級友が5名ほど死んだ」
テュルカはしっとりとした声で呟き続ける。
「あの頃から何か歯車が狂い出したと言うか、死生観が崩れた。一過性の精神症状とは言われたものの、どうにも他人との距離感が掴めなくなってな」
「亡くなった方とは仲が良かったんですか?」
「まあ、それなりかな。……自分が生き残った理由を考え続けたが、立ち位置がたった50センチずれただけで生死を分つなんてのは、結局ただの運だとしか思えなくてな。人生とはなんだろうなと思ってしまったんだよ」
「完全にブルー入ってますよ。もっと頭スッカラカンな話題にしてください」
「あの頃はまだ幸せだったなぁ。勝手に他人の人生を背負ったつもりで闇雲にやってみたけど、ダメだったな」
「ハイこの話題おしまい!外行きますよ外」
テュルカの布団をバサァとどける。
ちなみにテュルカは寝る時は下着だ。
「……いやん」
「どの口が言うんですか。早く行きますよ」
私はワイシャツを引っ張り出すと、テュルカに着せにかかった。
*QOL(Quality Of Life:生活の質。精神的に参ってくると大体低下している)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます