第2話:階段の先に

 第二話:階段の先に


 薄暗い第二層の片隅で、ふと壁際に目をやった俺の視界に、石造りの階段がぼんやりと浮かび上がった。

 岩肌に溶け込むように造られたその階段は、上へと続いており、重苦しい空間の中に一筋の道を示しているようだった。


「……行ってみるか」


 ぽつりと呟き、足を踏み出す。ルルは無言でその後ろを滑るように追いかけてきた。

 階段は小さな足取りでゆっくりとしか進めないほど急で狭かったが、それでも上り切ると、視界が急に開けた。


 そこは、幅も奥行きもそれぞれ20メートルほどのだだっ広い空間だった。天井は低く、立って歩くのがやっとの高さしかない。

 広さだけ見れば人が住めないこともないが、歩き回るには窮屈で、息が詰まるような閉塞感があった。


 壁も床も、荒れた岩肌がむき出しになっており、草木も鉱石もない。まるで何かに削り取られたかのように殺風景だった。

 ただの「空間」――そんな印象が強い。


「ここが……上の階層、なのか?」


 主人公は周囲を見渡しながら、小さく息を吐いた。


「何もないな。植物も、水も、光る石も、全部……下にしかなかった」


 沈黙の中、足音だけが乾いた空間に響く。


「なあ、ルル。結局、ここってなんなんだ?」


 少し間を置いて、ルルの声が頭に響いた。


『第一層』


「……第一層、ってことは、やっぱり下は第二層か」


『うん』


「じゃあ、ここは……何の第一層なんだ?」


 ほんの少しの沈黙のあと、ルルは一語だけを返した。


『ダンジョン』


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。


 ダンジョン――

 言葉としては知っている。だが、空想や物語の中でしか出てこない存在だ。

 それが今、自分の立っている場所の正体だと言うのか?


「……マジで、ここはそういう世界ってことか?」


 ルルは答えない。ただ静かに傍らに漂っている。


 壁に手を触れる。ざらりとした岩の感触。そこに、かすかに脈動のようなものが感じられた。まるでこの空間が生きているかのように。


(でも……これだけ広い空間なのに、何もないってのは変だ)


 視線を巡らせると、岩の床に小さな窪みのようなものがいくつかあるのに気づく。

 何かがあったのか、それとも何かを置くためにあるのか。


「……ここって、使われる前の空間みたいな感じがするな」


 その時だった。

 胸の奥に、熱のようなものがじんわりと灯った。


(何か、できる……?)


 言葉にはならないが、意識の片隅で「この場所を変える方法」があるような気がしていた。

 かすかな直感。夢の中で何かを教わったような――曖昧で、だが確かに残っている感覚。


「俺は、ここで……何かを、始めることができる……のか?」


 その言葉にルルが反応する。


『できる』


 はっきりとした返答。

 その瞬間、心の霧がほんの少しだけ晴れたような気がした。


「じゃあ、まずは……何をすればいい?」


 しかしルルはそれ以上何も言わなかった。導くでもなく、拒むでもなく、ただそこにいる。


(答えは、自分で見つけろってことか……)


 辺りにはまだ何もない。だが、この空間が「始まり」であるという感覚だけは、確かに存在していた。


 ここは、ダンジョンの第一層。

 俺の――そしてルルの居場所のはじまり。


 ゆっくりと深呼吸しながら、俺はもう一度、岩肌の空間を見渡した。

 その胸には、恐怖と希望がないまぜになった、微かな覚悟の炎が灯っていた。

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