異世界転生したらダンジョンの“おかあさん”でした

三毛。

第一章:おわりのはじまり

プロローグ

 

 ……暗い。

 目を開けているのか閉じているのかさえ、わからない。

 けれど、自分が「存在している」という感覚だけは、妙に鮮明だった。


 ぼんやりとした意識の中に、誰かの声が響く。


『――さあ、目覚めなさい。私の“ダンジョンマスター”。』


 誰だ……?

 女の声? 不思議と、どこか安心するような響きがあった。


 やがて視界がじわじわと明るみを帯び、光を取り戻していく。

 ぼやけた視界の奥――天井には、淡く輝く結晶のような鉱石がいくつも浮かんでいた。

 五感も徐々に戻り、自分が硬い岩肌の上に横たわっていることに気づく。


「……なんだ、これ……洞窟か?」


 自分の声が、妙に高く澄んでいた。

 その違和感に戸惑い、手を見下ろす――小さい。細い。白すぎる。


「えっ……? これ、俺の手か……?」


 慌てて立ち上がる。身体が軽い。だが、異常なまでに“違う”。

 胸元に手を当てれば、そこに確かに“ある”。

 視線を落とせば、すらりとした脚がタイツのような布に包まれ、裾の長いワンピースのような衣装がふわりと揺れている。


「な……なんだよこれ。なんで、俺が……女に……?」


 鏡などないこの空間でも、自分が“かつての自分”ではないと知るには十分だった。

 それだけじゃない。空間そのものも異様すぎる。


 壁や天井には発光する鉱石。床の端には淡く光る小さな水場。

 石の隙間に生えた奇妙な植物が、ほのかに甘い香りを漂わせていた。


 まるで、ゲームに出てくるダンジョンのような――。


 いや、まさか。そんな、バカな。


 ――ぬるり。


 突然、背後から粘液のような音がした。


「っ……!?」


 反射的に振り向く。

 そこにいたのは、青白く透き通るゼリー状の物体。

 高さは三十センチほどで、まるで生きているかのように身体を波打たせながら、こちらへとじりじりにじり寄ってくる。


「……スライム……?」


 ゲームでよく見た“あれ”にそっくりだった。

 だが、こうして現実に見ると――ただのスライムですら、怖い。


「くるな……来るなよ……!」


 足を引きずるように後退し、壁に背を押しつける。

 逃げ場はない。

 スライムは跳ねるように一度身体を揺らし、目の前でぴたりと動きを止めた。


 ――瞳。

 その中に、確かに“目”があった。淡く光っていて、どこか優しげで。


「……え?」


 スライムは攻撃してこない。威嚇もしない。

 ただ、じっとこちらを見つめている。

 その仕草はまるで、主人を待つ忠犬のようだった。


「おまえ……俺に、害意はないのか……?」


 そっと手を伸ばす。スライムは逃げなかった。

 ぷにゅ、とした感触が、手のひらを包む。

 生温かい粘液の感触が、いやに現実的で――それが余計に、脳を揺さぶった。


「……夢じゃ、ない。ここは……本当に……」


 その瞬間、再びあの声が脳裏をよぎる。


『目覚めたばかりのあなたに、この子を与えます。

 あなたの最初の従者。最初の“子”。』


「くそっ……どうなってやがる……」


「……チクショウ。せめて、名前くらい言ってけよ……」


 苦笑まじりに、目の前のスライムへ問いかける。


「おまえ、名前……あるのか?」


 スライムは、ぽよん、と跳ねた。

 まるで「あるよ」とでも言いたげに。


「……じゃあ、しばらく頼むぜ。“相棒”」


 こうして――

 ダンジョンマスターとしての“私”の物語が、始まった。

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