第7話



「お、目を覚ましたな」


 こちらの眼が開いたのを確認してアリオスが棒で突くのをやめる。


 石の床にうつぶせで倒れていたようだ、身体を起こして地面に胡坐をかく。

 小さな窓から夜空が見える。

 もう夜か、何時間経ったんだ?シアはどうなった?


 まだちょっと頭がくらくらする、反則だろ、なんだあの盾。

『アーティファクト』と言ったか、オレの生きた時代でもたまに出所不明のおかしな性能の武具があったが神具や宝具などと呼ばれていた。アーティファクトとは人間側の呼び名だろうか。




「最悪の目覚めだぞ、なんで寝起きでおっさんの顔を見なけりゃいけないんだ…」


 ここ1か月ほどは毎回オレを起こすのはシアの役目だった。

 目覚めて最初に飛び込んでくるツラがシアとおっさんとでは雲泥である。

 もちろんおっさんが泥だ。


「おっさんじゃねぇって、俺はまだギリギリ20代だ」


「今、どういう状況なんだこれ」


 律儀に訂正してくるアリオスを無視してそう尋ねると、アリオスは近くにあった見張り用の物だろう、簡素な椅子をがらがらと引きずり寄せ、鉄格子を挟んで俺の対面にどかっと座って言った。


「上の沙汰待ちだな」


 沙汰…沙汰ねぇ…。

 え? 処刑されんの?? 本当に???



「普通に嫌なんだが、逃げていいか?」


 こんな何でもない首輪も手枷も闘気を込めれば余裕で引きちぎれるぞ。

 夜空が見えるなら地下って事もないんだろう。壁もぶち抜ける。


「逃げられると思ってんのか、お前が逃げられない様に生け捕りにした俺がここで見張ってんだろうが」


 笑いながらアリオスが言う。

 なるほど。しかし全力で逃げに徹すれば撒ける自信はあるぞ?

 アリオスの身体を見ると、オレに鎧の胸当てがひしゃげるほど殴られた右胸の骨折は外からではわからないが、浅かったとはいえ頭突きの角で鎧を貫いて刺さったのだろう胸に止血用の包帯を巻いている。



「ここどこなんだ?」

「なんだぁ?自分がどこの国で生活してたのかも知らなかったのか?ここはクレア王国、王都の外れにある騎士の詰所に併設された留置所だ」

「牢屋じゃなくてか?」

「城内ではないとはいえ城の敷地内にある牢に魔族を入れる訳にはいかんのさ」

「ふーん、それで?俺は処刑されそうか?」


 そう尋ねるとアリオスは『うーん』と唸って顎の無精髭を撫でる。

 それお前の癖か。


「…自由になれるかは五分だなぁ」


 半々じゃねぇか…。

 そしてアリオスは続ける。


「まず死刑になる理由。1つ魔族、2つ山賊、3つ伯爵令嬢を誘拐ないし軟禁していた疑惑がある」


 魔族って処刑理由になるのか。まぁなるか、オレの生きていた時代は人も魔族も互いに見かけたら殺すか逃げるかの時代だった。

 山賊は言い訳出来ないな、事実だ。

 誘拐や軟禁には抗議させてほしい、釈明する機会すら与えられなさそうだが。

 オレはシアを誘拐犯らしき男から助けただけだ、後はシアが勝手について来た。


「もう逃げてもいいか?」


 そう言って腕の力だけでバキッと手枷を壊した。

 なんで木なんだよ、本気で捕まえる気ないだろこれ。

 あぁ、人間用か。


「待て待て待てっ!!死刑にならん理由も教えてやるから!!」


 オレが手枷を壊したの見て慌てるアリオス。

 え?ここから死刑にならない光明が差す展開なんてありえるのか?

 魔族が山賊しながら1月も伯爵令嬢連れ回してたんだが?


「まず死刑にならない理由1つ目だ。お前は子供だ、例え魔族であろうとな。子供を処刑した事などクレア王国の有史以来一度も無い」


 ほぅ。


「貧しさから盗賊やゴロツキの真似事に道を踏み外すガキはいるが処刑まではされん。これが1つ目だ」

「2つ目は?」

「お前が殺しをしていないからだ」


 いや、殺したけどな?

 奴隷商人と護衛、俺を買おうとした魔法使いとその護衛、それからシアの誘拐犯。

 脳内で数えながら指折り数えるとアリオスは『おいおい』と苦笑している。


「山賊の被害者に死人がいないって話だ」

「あー、確かに、追い剥ぎはしたが殺してないな」


 アリオスはウンウンと頷いてる。


「で?3つ目は?」

「シア・グレイスがお前の助命を乞うだろう」


 なるほどな、シアを拾っておいてよかった。



「流石に伯爵令嬢の言う事は無碍に出来ないか?」

「それもあるが…あー、お前の処遇を決めるメンバーに彼女の父親もいるだろうから、だな」

「ふーん?」

「俺に殺されると思ったんだろうな、気絶したお前との間に割り込み出て来て『この人は人攫いから助けてくれた恩人です』、『たしかに山賊の真似事はしていましたが誓って人殺しはしていません』、『私が好きで山暮らしをしていただけです』とな」


 おー、オレの代わりに言いたい事全部言ってくれてる。

 偉いぞ、今度会ったら髪をぐしゃぐしゃになるまで頭を撫でてやろう。

 いや、魔族が伯爵の娘に会う機会など二度とないか。


「じゃあ殺される事はなさそうか、もうひと眠りするかねぇ」


 そう言って石床にごろんと横になった、石がひんやりしていて気持ちが良い。

 そのうち洞窟に隠してある金貨の袋を回収しないとなぁ……。



 ん…?待てよ?

 殺されはしないだろう

 だが元山賊の魔族が「はい今から自由です」となるだろうか?嫌な予感がする。

 魔王に飼われて剣を振っていた前世、今世は人間に飼われる事になるんじゃねーだろうな。



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