第5話



「いるんだろう?青い髪の女の子が」

「知らねぇな、商人や旅人じゃないなら用は無い、失せろ」


 こいつらシア目当てか。


「俺はアリオス、クレア王国騎士団の騎士団長だ」

「話聞いてんのかおっさん、失せろと言ったぞ」


 騎士団長だと?オレの知っている騎士団長くんは魔王ジズにぶっ殺されていたはずだが後任か?

 頭の中に疑問が浮かんだが表情には出さない。


「おっさんじゃない、まだギリギリ20代だ。実は1月ほど前にとある貴族のお嬢様が攫われてな」


 ダメだこいつ、こっちの話を聞きやがらねぇ。


「1月前だぁ?もうどこかに売られてるか死んでるだろそれ」

「その貴族のお嬢様の捜索には多額の報奨金も出ていてな。最初の頃は冒険者共が目の色を変えて青髪の少女を探していたんだが攫われて1週間経ち、2週間経ち、街のギルドではもう死んでいるだろうと真面目に捜索されていない。」



 続けろ、と無言で促す。



「貴族の令嬢を攫ったからには金が目当てのはず、だが、未だに身代金の要求は無い。誰でも良いなら貴族の娘でなくともいいはずだ。」


「暴れられてうっかり殺しちまったんじゃねぇの…?」


「『身代金の要求が無いのならまだ生きているはず』と冒険者に代わり1日中暇を持て余してる俺たち騎士団にお鉢が回ったという訳だ。」

「ふーん、大変だな」

「青髪の令嬢を探して聞き込みをしている時にようやく手がかりを掴んだ。山の麓、森を抜けた先に村があるのを知っているか?」

「さぁな、オレは行った事が一度も無いが…」


 嘘は言っていない。


「その村には週に1度、1月ほど前から青髪の少女が物を買いに来るそうだ」

「おっ!攫われてたお嬢様なんじゃねぇの?よかったなー」

「ああ、その村の近くに、理由はわからんがが伯爵令嬢が暮らしている事は間違いない」


 シア、伯爵令嬢だったのかよ…。

 その伯爵令嬢、川で水浴びをして、川で洗濯をして、焼いただけの獣の肉にかぶりつき、野糞してますよ。


「そうかそうか、ここにはいないぞ、わかったら失せろおっさん」

「話は変わるがこの山を挟んで行き来する商人が1月ほど前から子供の山賊の被害にあっているそうだ」


 やはり商人を生かして帰したのが仇となったようだ。

 だが商人を殺してしまえばすぐに冒険者や騎士が派遣されていたであろう、どちらにせよこの結果に収束していた気がする。

 こういうのなんていうだっけ、因果だったか?


 そういえば体が子供になったせいで思考まで大人になったり子供になったりしているような気がする、これも女神のせいだ。


「ははっ、それ俺の事だな。ははは」

「いるんだろう青髪の少女が?」


 おっと、気配が変わりやがった。


 これやばいな。

 前世のオレなら片手でも余裕だが、今のオレでは絶対に勝てるか怪しい。



「お前らは手を出すなよ」


 そう騎士団長アリオスが言うと部下が4人がかりで馬車から運んで来た斧と盾を受け取りこちらへ構えた。

 斧は片刃のグレートアックス、盾は長盾かというほどに大きく、こちらへ向けられた面にはような獅子の彫刻が施されていた。


「知らねぇって」

「どちらにせよ山賊は討伐対象だ、命は獲らん、大人しく投降しろ」


「拒否する」


 魔法使いの護衛から拝借したグレートソードを両手で握り左肩に担いで腰を落とした。

 腰に吊った奴隷商のショートソードは尾で使う、まだ魔族とはバレてはいない。

 死角からの一刺し、勝機はある。


 闘気を全身に纏い、さらに魔法で身体強化する。


「我流剣『一刀断』!!」


 盾ごと鎧も何もかも叩き斬ってやる。

 まるで爆発したかのようにアリオスへ向かって突進し斬りかかった。


 しかし振り下ろした渾身の一撃は『ガギンッ!』と音を立て防がれた上に、ロングソードは半ばからへし折れていた。


「凄まじい一撃だな、今の攻撃、小型なら竜の首でも落とせるぞ」


 アリオスはそう言うとこちらの攻撃を防いだ盾でシールドバッシュを繰り出してくる。

 慌てて身体を退き衝撃を逃がすが殺しきれずに弾き飛ばされた。


 弾き飛ばされながらも片手で火炎槍の魔法『ファイアランス』を生成。

 着地と同時にアリオスへ放つが斧の一振りでかき消された。


 いくら子供の体とはいえ魔力強化し闘気まで纏った俺の初撃を防いだだと?鉄でも断つ一撃だぞ。

 前世で何人もの敵を一撃で葬って来た技を受けキズすらついていない盾とは一体…。


「不思議か?そうだろうな。今の一撃、並みの兵士なら盾ごと斬られていただろう。これは太古の遺跡からたまに発掘される類の『アーティファクト』と言ってな、まぁ言うなれば凄まじい性能を持った唯一無二の武具だ」

「斬れないだけならまだやりようは、あるんだぜ!!」


 折れたロングソードを投げつけ飛びかかるるとアリオスは獅子盾を使いロングソードの投擲を防いだ。


 よし。


 両手に闘気を纏わせ、右手で思いっ切り盾に掘られた獅子の顔を殴りつける。

 盾から『ゴィィィィンッ!』と、まるで銅鑼の様な音が鳴り響き、たまらずのけ反るアリオス。



「がら空きだぞォ!!!」



 さらに左の拳でアリオスの胸に渾身の一撃を叩き込んだ。

 オレの左ストレートを打ち込まれたアリオスは吹き飛び、ベキベキと木を何本か薙ぎ倒しながら森の中へ消えて行った。


 流石に死んだだろう、なんだあの反則みたいな盾は。絶対に貫けない盾か?

 誰か何でも貫く槍を用意してみてくれないだろうか。




 盾を殴りつけ痺れた手をぷるぷると振り、残った兵士達に向き直る。


「ははは!シアはオレのモンだボケが!さぁ隊長はヤられちまったぞ!お前らはどうする!?」


 そう兵士達に呼びかけるが、一様にこちらを見ていない、オレの肩越しに後ろを見ていた。




 嘘だろう?




 そこには藪を掻き分けながら「お~いってぇ~」と言い出てくるアリオスの姿ががあった。


「やっぱり小僧と一緒にいたんだな、シア・グレイスは」


 こいつ本当に人間か?鎧ごと身体をぶち抜く威力で殴ったはずだが…。

 よく見ると胸の辺りが拳の形にめり込んでいる、確実に肋骨が折れているだろう。


 これほどの強者が人間側に居て、人と魔族が争っていた時に無名な事などありえるだろうか?



「小僧、お前人間じゃないな?」



 奇しくも騎士団長アリオスは俺と同じ感想を抱いていたようだ。

 不味いな、尾がバレると俺の第三の手が初見殺しに使えなくなる。


 オレはアリオスに飛びかかった。

 だがアリオスは地面を抉りながら斧を下から掬う様に振り上げて来た。

 地面を削った振り上げにより石と土が土魔法『ストーンブラスト』と遜色ない威力で無数の弾丸となってオレの体を叩く。


 くそが!なんなんだこの人間は!!


 それでもオレはアリオスへと距離を詰める。

 アリオスに肉薄し右手で盾のふちを掴み抑える、左手で斧を持つ手首を握った。


 くたばれおっさん!!

 ローブの中に仕舞っていた尾でショートソードを抜き、こじ開けた盾の隙間を狙い、下からアリオスの胴を突いた。


 しかし手ごたえは無い。

 視線を下げ、見えた光景に驚愕し、オレは目を見開いた。




 盾に彫刻された獅子の口が、ショートソードの切っ先をまるで生きているかの様に咥えている。



 んだよ、その盾ッ!動くのかよッ!!!!



「その尾、魔族か、竜人か…?」


 バレたか、勢いよく首を後ろに引き、頭突きの要領で思い切り角をアリオスの鎧に突き立てる。


『ゴッ!』という音と共に角が鎧を貫通した。だが、浅い!!

 チクショウ、ガキで角が短いってのを失念していた。



「『デビルシャウト』ッ!!」



 角を突き立てた状態で、前世でも滅多に使わなかった闘気を声に乗せ放つ衝撃波でアリオスを攻撃する。

 だが少しのけ反っただけだ。



「こちらも似たような事が出来る、お返しだ、『獅子王吼』」



 そう言うとアリオスは盾をこちらに向けた、嫌な予感がした直後、先ほどのデビルシャウトの何倍もの威力の衝撃波が獅子の口から放たれる。



 ふっ飛ばされたオレは後ろにあった大木に背中をしたたかに打ち付けた。

 不味い…、意識が遠のく。




「ほぅ、尾、角と来てその瞳、魔族だな?」




 そう言いながらこちらに近づいてくるアリオスの姿を見ながらオレは意識を手放した。



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