4・どうやら師匠は女嫌いらしい。
乳白色の首筋に陰をつけていると、弟子たちのうっとりした声が聞こえてきた。
「おおおっ……なんて美しい」
「あの吸いつきたくなるような肌……まさに聖母だ」
いや、これ、きみたちの師匠だから。
「イトっち、モデル用意できたよ!」
オークリーに押しだされた新人弟子は、古代風の衣装をまとい、たったいま外から調達してきたバラの花冠を手にしながら、頬をほんのり朱に染めている。
「イトさんのモデルになれるなんて、僕、僕……夢のようです」
「ああそう、じゃ言うとおりにして。手はこう、顔はこっち向き。はい、そのまま動かない」
さっき『見た』下絵を思いだしながら、衣装の襞を直し、新人の顔をくきっとこちらに向かせる。花冠を両手で差しだすポーズに握らせて、……よし。
イトは一歩下がって、衣装を着た弟子の全身像を『見る』。
顔……はおいといて、髪にかかるヴェールの襞、額の環、鎖骨、手の角度、腰から裾にかけてたっぷりと流れる布の重み……よし。
「わかった。もう着替えていいよ」
「え?」
「もう『見た』から」
素っ気なく言い放ち、絵筆をつかむ。ケースから絵の具壷を取りだし、パレットにのせ……さっき『見た』ものと色が一致したところで、画板に向かい、一気に描きはじめた。
衣装の光と影。布のざらつき。厚み。
ヴェールの軽さ。柔らかさ。額環のきらめき。
バラの花。花弁の反り具合。光と影。枯れかけた縁。瑞々しい香り。
――『見た』ものを、そのまま描くことにかけちゃ天才だな、おまえは。
師匠のミリドは、出会ったときからイトの能力を見抜いて、そう言っていた。
――おまえが地面に描いた食い物の絵、ありゃ素晴らしい。生き生きしていてうまそうで、何より、自由だ。
(自由なんかじゃなかったんだけどな……)
イトはただお腹が空いていただけ。
食べたいものも手に入れられなかったから、食べられるように『描いた』だけだ。
――だが、絵ってのは線だけじゃない。色がある、空気がある、奥行きもある……そういうモンまで描けるようになったら、おまえの絵はますます本物に近づくぞ。絵を本物にできたら――楽しくないか? だから、おれが教えてやるよ。おれのありったけの技術を教えてやるから、おまえが自由に育つところを見せてくれ。
(勝手なこと言ってるよね)
十年前だ。
路地裏で拾った子供に、ミリドはスープをひとさじずつ飲ませてくれた。
自分でスプーンを持つ力もなかったから。
本物のパンをちぎって、少しずつ与えてくれた。
垢だらけの体を拭いて、着替えをさせようとして――一応イトは抵抗したのだが「坊主が、なに恥ずかしがってんだ?」と鼻で嗤われて――下着を剥ぎとったあとの、愕然とした顔を忘れない。
――あ、え、おまえ……ついてなくないか?
当たり前だろ、女なんだから。
――えええ、女かぁ……弟子にする話、なしにしてもいいか?
今さら何言ってんだ、ぼけなす!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます